Microsoftによる新たな独占

ソフトウェア特許を支持する欧州の議員たちは、ソフトウェア特許の影響はフリー・ソフトウェアには及ばないとたびたび主張している。一方、Microsoftの弁護士たちは、それは誤りだということを証明しようと躍起である。

» 2005年07月05日 13時00分 公開
[Richard-Stallman,japan.linux.com]
SourceForge.JP Magazine

 ソフトウェア特許を支持する欧州の議員たちは、ソフトウェア特許の影響はフリー・ソフトウェア(もしくは「オープンソース」)には及ばないとたびたび主張している。一方、Microsoftの弁護士たちは、それは誤りだということを証明しようと躍起である。

 1998年にリークされたMicrosoftの内部文書によると、Microsoftはフリー・ソフトウェアのGNU/Linuxオペレーティング・システム(以下「Linux」と表記)をWindowsの最大のライバルと位置付けていた。そして、われわれを阻止するために、特許や非公開のファイル形式を使用するということに言及していた。

 Microsoftは市場で巨大な勢力を持つため、多くの場合は、新しい標準を思いのままに押し付けることができる。いくつかのちょっとしたアイデアについて特許を取り、その特許を利用したファイル形式やプログラミング言語、通信プロトコルを設計したうえで、それを採用するようユーザーに圧力をかけるだけでよいのだ。その結果、われわれフリー・ソフトウェア・コミュニティの人間は、こうしたユーザーが求めるものを実現するソフトウェアを提供できなくなる。ユーザーたちはMicrosoftに囲い込まれ、われわれはユーザーの役に立てないよう締め出されるのだ。

 以前Microsoftは、特許を取得した自社のスパム・ブロック技術をインターネット標準として採用させようとした。フリー・ソフトウェアを電子メールの処理から締め出させるためだ。この提案は、担当の標準化委員会で拒否されたが、それでもMicrosoftは、この技術を採用するよう大手のISPを説得すると言っている。

 そして今度は、Wordファイルについても、Microsoftは同じようなことを計画している。

 数年前のこと、Microsoftは、Wordファイルの保存形式を変更した。以前の形式は仕様が文書化されていたのだが、その形式を取りやめ、仕様が非公開の新しいファイル形式に切り替えたのだ。だが、AbiWordやOpenOffice.orgなど、フリー・ソフトウェアのワード・プロセッサの開発者たちが、何年にもわたって根気よく試行錯誤を続け、このファイル形式を解読した結果、今やこうしたプログラムでは、たいていのWordファイルを読み込めるようになった。だが、Microsoftはまだ降参してはいない。

 Microsoftが言うには、次のバージョンのMicrosoft Wordで採用されるファイル形式では、特許を取得した技術が使用されているという。Microsoftは、その技術に対し、一定範囲の用途についてはロイヤリティ・フリーで使用できるような特許ライセンスを用意しているが、そのライセンスは制限があまりに大きいため、フリー・ソフトウェアが関与できる余地はない。そのライセンスはここで参照できる。

 フリー・ソフトウェアとは、4つの基本的な自由を尊重するソフトウェアとして定義されている。すなわち、(0)自分の望むとおりにソフトウェアを実行する自由、(1)ソースコードを調べ、自分の望むとおりに修正する自由(2)コピーを作成および再配布する自由、(3)修正を加えたバージョンを公開する自由、の4つだ。(1)〜(3)の自由を直接的に行使できるのはプログラマーだけだが、(0)〜(2)の自由はすべてのユーザーが行使できるし、プログラマーが作成して公開した修正の恩恵は、すべてのユーザーに及ぶ。

 Microsoftの特許ライセンスの下でアプリケーションを配布すると、ソフトウェアに加え得る修正の大半を禁止するライセンス条項が適用される。(3)の修正バージョン公開の自由がないわけだから、これはフリー・ソフトウェアではない(定義が似ている「オープンソース」ソフトウェアにもなれないと思う。ただ、定義はまったく同じではないし、オープンソースの支持者たちの声をわたしが代弁するわけにはいかない)。

 また、Microsoftのこのライセンスでは、ある特定のライセンス・ステートメントを記載することが必須の要件となっている。この要件自体は、プログラムをフリーにできるかどうかということとは関係ない。フリー・ソフトウェアの中で、ライセンス表示を一字一句元のままで記載しなくてはならないというのは一般的なことであり、Microsoftのこのステートメントもその中に含めればよい。このステートメントは、バイアスのかかった、混乱を招くものである。「知的所有権」という言葉が使われているからだ。とは言え、このステートメントを真実として認めるかどうかや、意味あるものとして認めるかどうかは、要件として求められていない。このステートメントを記載しさえすれば、要件は満たされるのだ。ソフトウェア開発者が次のような免責条項を書き加えておけば、誤解を招くような効果を打ち消すことができる。「誤解を招きかねない以下のステートメントは、Microsoftから課せられた要件により記載したものです。これはプロパガンダであることにご留意ください。詳細については、http://www.gnu.org/philosophy/not-ipr.xhtmlを参照してください。」

 だが、ある決まった文章を記載しなくてはならないという要件は、実は非常に狡猾なものである。なぜなら、それを実行した人は、Microsoftの特許ライセンスの制限を明示的に承認および適用したのと同じことだからだ。そうしたプログラムはフリー・ソフトウェアでないのは明白だ。

 フリー・ソフトウェア・ライセンスの中には、修正バージョンは同様のフリー・ソフトウェアでなければ公開できないと定めているものもある。たとえば、最も広く利用されているGNU General Public Licenseがそうだ(われわれはこれを「自由か死か」条項と呼んでいる。この条項の結果、プログラムは、フリーのままか死に至るかのどちらかに必ずなるからだ)。MicrosoftのライセンスをGNU GPLのプログラムに適用すると、そのプログラムのライセンスにのっとっていないことになる。つまり、これは違反だ。一方、フリー・ソフトウェア・ライセンスの中には、修正バージョンをフリーでなくすることを認めているものも数多くある。そうしたプログラムを修正し、Microsoftの特許ライセンスの下でその修正バージョンを公開することは違反ではない。だがその修正バージョンは、ライセンスも変わり、フリー・ソフトウェアではなくなる。

 Wordの新しいファイル形式に適用されているMicrosoftの特許は米国特許である。これはヨーロッパの人たちには何の制限ももたらさない。つまり、ヨーロッパの人たちは、そのファイル形式を読み込めるソフトウェアを自由に開発したり使用したりできるのだ。現時点では、ヨーロッパのソフトウェア開発者やユーザーには、アメリカ人より優位な点がある。アメリカ人は、アメリカ国内でのソフトウェア関連の行為について、特許侵害で訴えられる可能性があるのに対し、ヨーロッパの人たちは、ヨーロッパでの行為について、訴えられる可能性がないという点だ。ヨーロッパの人たちが米国のソフトウェア特許を取得してアメリカ人を訴えることは現時点でも可能だが、アメリカ人がヨーロッパのソフトウェア特許を取得することは、ヨーロッパが認めなければ無理なのだ。

 欧州議会がソフトウェア特許を承認すると、すべては一変する。Microsoftを含め、海外のソフトウェア特許の保持企業数千社が、自社の特許をヨーロッパに持って行き、かの地のソフトウェア開発企業やコンピュータ・ユーザーを訴えることになる。欧州特許庁が公表する、無効と推定される5万余りの特許のうち、約80%はヨーロッパ人のものではない。欧州議会は、こうした特許が今後も引き続き無効となるよう議決し、ヨーロッパ人たちを守る必要があろう。

Copyright 2005 Richard Stallman

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