第3回 ハッカーと仕事まつもとゆきひろのハッカーズライフ(1/2 ページ)

ハッカー傾向のある人々は、正直あまりビジネス向きではないように思います。しかし、いくらハッカーでも、霞を食べて生きていくわけにはいきません。そこで今回は、ハッカーの仕事生活を紹介しましょう。

» 2007年05月16日 07時16分 公開
[Yukihiro “Matz” Matsumoto,ITmedia]

 ハッカー傾向のある人々は、正直あまりビジネス向きではないように思います。なにしろ彼らの美徳は「不精」「短気」「傲慢」ですし、好きなことにはのめり込むタイプですが、逆に嫌いなことはあまり我慢しないかもしれません。しかし、ビジネスとはそんなに甘いものではないはずです。

 ハッカーも人間です。眠たくもなれば、お腹も空きます。いくらハッカーでも、霞(かすみ)を食べて生きていくわけにはいきません。そこで今回は、ハッカーの仕事生活を紹介しましょう。もっともわたしの周辺のごく限られたサンプルからの情報なので、独断と偏見があることはあらかじめご了承ください。

論文や卒業がネック

 ハッカーが多く見受けられるのは、やはり大学や研究機関です。大学や研究機関から生まれた「ハッカー技術」は、UNIXやC(AT&Tベル研究所)、BSD(カリフォルニア大学バークレー校)、TeX(スタンフォード大学)などをはじめとして、数多く存在します。この半世紀、研究職ハッカーがコンピュータサイエンスを発展させてきたと言っても過言ではありません。

 これらはハッカーの知的探求心を満足させつつ、職業として成立する貴重な分野です。ハッカーにとって理想的と思えるでしょうが、世の中それほど甘くありません。研究社会では、主に論文によって業績が評価されます。プログラムを作ることが大好きで、それだけをやっていたいソフトウェア系ハッカーにとって、論文書きはそれなりに苦痛を伴います。人類全体への貢献を考えると、プログラミングが得意なハッカーにはプログラミングだけをさせておいた方がためになるような気もしますが、社会の仕組みはそうなっていないようです。

 大学の職員ではなく、学生ハッカーも見逃せません。学生は若さとそれに伴う行動力に満ちあふれていますし(そうでない人もいますが)、また時間に余裕のあるケースが多いので、なかなか面白い作品を作り上げることもあります。学生の作品として最も有名なものは、ヘルシンキ大学時代のリーナス・トーバルズ(Linus Torvalds)氏によるLinuxがあります。学生ハッカーには試験やアルバイトといった障害もさることながら、「いつかは卒業してしまう」という厳しい(?)現実があります。Ruby界でもそのような例があり、一番印象的なのは、Intelのx86系を対象にしたJITコンパイラrubyjitと、同じ作者によるRubyをCに変換するrb2cです。いずれも非常に面白いプロジェクトだったのですが、作者の卒業に伴って開発が中止してしまい、後を継ぐ勇者が現れませんでした。残念なことです。

本業と副業が逆転

 学生が卒業すると、就職することになります。大学に残り研究員になるケースについてはすでに述べたので、ここでは企業に就職した場合について考えてみましょう。なお少数ながら、就職して業務でソフトウェアを開発するうちにプログラム開発の面白さに気づいてハッカー魂に目覚める「社会人デビュー組」もいます。

 社会人ハッカーの多くは「副業タイプ」です。本業の仕事は業務命令としてこなしつつ、本当に面白いプログラミングは自分の趣味として行います。仕事の合間とか、帰ってから自宅でとか、寝る時間を削ってとか。まあプログラミング以外の趣味を持つ人はたくさんいるわけですから、それと同じだと考えられます。食べるためにそれなりの仕事をして、自分の趣味のためにプログラミングをする。なかなか安定したライフスタイルかもしれません。

 問題はハッカー的人格にあります。ハッカーはブレーキが壊れている傾向があるため、ついつい好きな方にのめり込んでしまいます。また、成果をオープンソースソフトウェアとして公開したりすると、そのソフトウェアのユーザーが増えるにつれ、サポートやメンテナンスなどにかかる時間が半端でなくなってきます。わたしも最初は、社会人プログラマーの余暇としてRubyの開発を始めました。数年は仕事の合間を縫って開発してきましたが、Rubyのユーザーが増え、メーリングリストのメールが1日数十通を超えるようになると、そのメールを読んで返事を書き、報告されたバグを修正するだけでも、1日の大部分を消費するようになります。そうなると破たんが見えてきます。ここで、副業タイプのハッカーは次のアクションへの選択を迫られます。

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