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» 2008年02月26日 00時00分 UPDATE

まつもとゆきひろのハッカーズライフ:第12回 スケーラビリティ (1/2)

ITの変化は、ソフトウェアの進歩よりもハードウェアの性能向上と、価格低下による普及によって実現されてきたといっても過言ではないでしょう。今後も想像を超えるレベルで増加していくであろうITの世界にあって、キーワードは「スケーラビリティ」になると予想します。

[Yukihiro“Matz”Matsumoto,ITmedia]

20年間大きな変化のないプログラミング言語

 以前、某雑誌のインタビューに答えているときに「プログラミング言語の領域では、ここ20年革新的な進歩は起こっていない」と発言して、記者の人を驚かせてしまいました。「これだけ進歩の激しいIT業界にあって、20年間にわたって革新的な進歩がないとはいったいどういうことか」という顔をしていました。

 前回でも紹介したように、プログラミング言語における革新的な「発明」はLispの周辺で登場してしまっています。進歩しているように見えるのは、最近になってようやく世間が追いついてきて、昔から存在していたものを「再発見」しているからです。オブジェクト指向に例外処理、ガーベッジコレクションやバーチャルマシンも何もかも、もう何十年も前から存在していたのです。知られていなかっただけで。

 もっともプログラミング言語というものは、もともと人間が自分の考えをどのように表現するかという「記法」としての性質が強いですから、人間の本質がなかなか変化しない以上、あまり急激には進歩できない領域ではあります。

 プログラミング以外の領域においても、決して進歩が速いとはいえそうにありません。急激に普及したネットワークの分野でも、あらためて考えてみれば、いまでも日常的に使われているメールが最初に発信されたのは30年以上前のことですし、インターネットの誕生からも同じくらい経過しています。Webは確かに目新しいアイデアですが、それを構成している技術的要素は古くから存在していたもので、決して革新的なものではありません。

 結局、普通の人が感じている「ITの目覚ましい発展」とは、実際には「ITの目覚ましい普及」にすぎなかったのでしょう。いままで知らなかったからといって、存在していなかったとは限りませんからね。

ハードウェアの目覚ましい進歩

 ソフトウェアの領域と比べて、ハードウェアの進歩には目覚ましいものがあります。

 1946年、世界最初の電子計算機と呼ばれたENIACは、1秒間に5000回の演算を行うことができたそうです。ということは、0.005MIPS*になりますね。さて、わたしの愛用するコンピュータでbogoMIPS*を計算すると3162bogoMIPSになるので、大雑把に比較すると63万2400倍になります。63万倍ですか……。技術の進歩は恐ろしいものですね。

 ところが、これらの変化が本当に「革新的」と呼べるものかというとよく分かりません。実際、世界で最も多く使われているCPUはいまだに30年以上前の命令アーキテクチャを引きずっているわけですし、逆に革新的だと思われたiAPX432*などのCPUアーキテクチャはほとんど失敗に終わっています。これらは連続的な進歩であって、別に革新的なことではないのかもしれません。小さな工夫を積み重ねてハードウェアの性能を向上させ、大量生産によって価格を低減し、高い計算能力を備えたデバイスを広く普及させてきた、不断の努力の結果だといえるでしょう。このような変化は連続的なものですが、偉大な変化でもあります。

 実際、63万倍の変化はばかにできません。同じx86アーキテクチャで比較しても、1978年リリースの8086/5MHz(0.33MIPS程度)と2004年リリースのPentium M/1.6GHz(3162MIPS程度)では、26年間にMIPS値が9500倍以上になっています。

このページで出てきた専門用語

MIPS

Million Instruction Per Secondの略。CPUが1秒当たりに処理できる命令数を100万命令単位で表現した数値。CPUの性能を比較する大雑把な指標として、二昔前に用いられた。もっともコンピュータの性能はI/Oなどトータルなシステムで決定されるので、処理命令数だけでは決まらない上、命令によって処理時間が異なったりするCPUもあるため、結局廃れてしまった。

bogoMIPS

Linuxが内部で計算する「非科学的な」MIPS値。CPUの大まかな性能を示すが、厳密なベンチマークに使えるほど正確な値ではない。ただ、Linuxマシンであればすぐに得られるので便利な値でもある。/proc/cpuinfoを表示させることで確認できる。

iAPX432

1981年、i80386に先立って発表されたインテル初の32ビットプロセッサ。


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