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» 2008年08月17日 00時00分 UPDATE

高専生に伝播する変革のミーム――ITリーダー育成キャンプから

変化のない日常に優れた才能を埋没させてはならない。高専機構とマイクロソフトは優れた学生24人に対し、変化の糸口を与えた。キャンプ参加者がミームとなって運ぶものとは。

[西尾泰三,ITmedia]

 「どんな変革にも欠かせないものがある。産学官のいずれに属していようが、個々のリーダーシップがなければ、変革は難しい」――求められているIT人材と大学教育のギャップについてIBMのジム・コージェルGMが語ったこの言葉。研究と教育の2本柱のはざまで揺れる大学を尻目に、高専機構は今、近い将来の変革を担うであろう人材の育成に本腰を入れて取り組んでいる。

加藤宏樹 Imagine Cup 2008のソフトウェアデザイン部門に日本代表として参加したNISLabの加藤君。「昨日の夜はamachangが来られて、『ナンパ重要』と教えられました。ヒューマンスキルの重要性を教えてくれたんだと思う」

 国際競争力のある人材の育成を目的に、高専機構とマイクロソフトが発表した「共同教育プロジェクト」。その取り組みの1つとなるITリーダー育成キャンプが先日開催された。そこに集まった24名の学生たちには、自身の世界観を変えるほどの衝撃があったようだ。

 キャンプの会場となった八王子セミナーハウスに記者が訪れたのはキャンプ最終日。「昼間はヒューマンスキルにかんする講習をみっちりと、夜はグループごとに課題を話し合ったりした」と話すのは、7月に行われたMicrosoftの技術コンテスト「Imagine Cup」に日本代表として参加した同志社大学大学院の加藤宏樹君。NISLabのメンバーのうち、3名が今回のキャンプに招待を受け参加していた。年齢的には高専生の少し上である彼らだが、「技術的な話になると本当に上も下もないなと思った」と加藤君。同じくNISLabの中島伸詞君も、「自分はあまり積極的にリーダーシップを取る方ではなかったけど、このキャンプに参加して大きく変わった気がする」と高専生との交流によって大きな刺激を受けていた。

「プログラムを作る僕たちは孤独になりやすい」と話す高専生

高橋勲 鈴鹿高専の高橋勲君

 最終日は各グループごとに与えられた課題について、プレゼンテーションを行った。それぞれに与えられた課題は「コンピュータの魅力を中学生に伝えるには」「高専プロコンやImagine Cupの参加者を増やすには」「理科離れを解消するには」「学校の授業を面白くするには」といったもの。寝る間を惜しんでグループで話し合った内容を全員が順番に話すスタイルで20分間のプレゼンテーションに臨んでいた。

 そんな中、「理科離れを解消するには」という課題に取り組んだグループに、過去の高専プロコンの自由部門で最優秀賞を受賞した鈴鹿高専の高橋勲君の姿があった。

 「デフラグを起動して1時間その画面を凝視し続けた授業もあった。意味が分からないし、これで意欲や興味がわくわけがない」と高橋君。「水を満たしたバスタブに、反応性に富んだアルカリ金属を入れて大爆発。そんなの日本のテレビではあまりみませんよね。せいぜいでんじろう先生くらい(笑)。マッドサイエンティストな感じかもしれないけど、知的好奇心を刺激しないと興味は持ってもらえない。そのために……」とプレゼンテーションを展開する。そんな彼に記者は、彼らが抱える変わらない日常への閉塞(へいそく)感のようなものを感じた。

 プレゼンテーション前の休憩時間に石川高専の金寺登教授に現在の学校教育について尋ねると、「集団があれば、その中でどうしてもレベルの差が生じるもの。レベルの高い学生に合わせるとレベルの低い学生がついて行けなくなる。必然的にレベルの高い学生からするとつまらない授業になってしまう。(ここに来ている)彼らは退屈している」と教えてくれた。技術スキルが高いがゆえに周囲から浮いてしまう彼らは、周囲との摩擦を避けるために、いつしか自分でも気づかないうちに殻を作り、妥協しながら世界とコミュニケーションを図っているのではないか。「どちらかといえば話し下手だし、人前で話すことなんて嫌だった」「プログラムを作る僕たちは孤独になりやすい」と語る学生が多かったのもあながち無関係ではないだろう。

 「ありのままの自分を出す方が自分を偽って見せるより得るものは大きいと思う」――19歳にして国内のFlash/ActionScript界をけん引する新藤愛大氏は過去の取材にこう答えている。この言葉は、ありのままの自分を出すことの難しさも同時に語っている。ありのままの自分を出すためには、社会とコミュニケーションを図る必要がある。そのためのスキルがヒューマンスキルであり、自分と近いレベルの人間同士でまずは実践してみる、ITリーダー育成キャンプにはそんな狙いがある。

 「学校では技術的に深いところを話せる友達がほとんどいなくてつまらなかった。キャンプも最初は緊張したが、みんなレベルが高い人たちばかりで、彼らと何か1つのことに夢中で打ち込めた。超気持ちよかった」と北島康介風に振り返る学生、「参加している学生のレベルが高くて、自分も何かしなければと焦った」と話す学生、表現の仕方はそれぞれだが、いずれも「環境に引っ張られた」とキャンプの感想を述べる。このキャンプへの参加理由を、「これに出ると1単位もらえるから。集中講義だと思っていた」とする学生もいたが、そんな彼も最後には普段周りにいないような仲間と協力し、創造的な行動を起こす楽しさを口にしていた。

笹井愛美 弓削商船の笹井愛美さん

 今回のキャンプで唯一の女性だった弓削商船の笹井愛美さんも次のように心情を吐露する。「このキャンプに来るまでは、自分が主張しすぎることで、他人に何を言われるか分からないから言わないようにしていた。でも、ここではフィードバックという形でポジティブな意見をもらえ、目標がクリアになっていった」――彼女を含め、キャンプ終了後に連絡先を交換し合う学生たちの間に、臨床心理学でいうラポールが形成されている印象を受けた。

 一見変わらないように感じる日常は、ほんのささいなことで簡単に変化をはじめる。その変化を起こすのは自分以外にない。ヒューマンスキルを磨くことは、殻から出て行動を開始する最初のステップなのかもしれない、と記者は今回のキャンプを見て感じた。「行動」を意味する古代ギリシア語の「ドラーン」がドラマの語源であることをご存じの方もいるかもしれない。「自分のドラマを自分で演出する」方法に気づいた彼らが変革を起こすことは間違いないと期待していいのではないだろうか。

ミームとしてヒューマンスキルは伝播していくか

 今回のキャンプで充実した時間を過ごした彼らには最後に1つ課題が与えられた。それは具体的な成果物の作成を命じるものではなく、むしろそれより難しい「(キャンプで学んだことを)実践せよ」というもの。そのために、「合宿内容を皆に伝える」「プロジェクトチームの発足」「プロジェクトの校内発表」といった段階的な課題も一応与えられている。

 「ヒューマンスキルを高める魔法はない。経験あるのみ」と前述の加藤君。知識を仕入るだけで満足する人間と、その知識を実践する人間とでは経験の蓄積度合いが異なる。ITリーダー育成キャンプではヒューマンスキルの習得という目的に対して、アウトプットする機会を短い間隔で幾つも用意することで、繰り返し実践させていった。そして、長期的に取り組む課題を用意することで、彼らが学校に戻った後も継続的にサポートしていく体制を敷いている。

 技術的なスキルに重きを置き、ヒューマンスキルの習得が軽視されてきた日本の教育に、高専機構とマイクロソフトは1つの種をまいた。自分の考えを他者や社会に対して理解してもらう方法と喜びを知った彼らは今後、優れた技術スキルを持つことに起因する影響力の強さを生かして、ヒューマンスキルの意義を学校内で非遺伝的に継承していく役割を果たすだろう。まるでリチャード・ドーキンスが「利己的な遺伝子」で登場させた「ミーム」のように。それはITリーダーの育成以上に大きな意義があるように思えてならない。

tnfig1.jpg ミームとしてそれぞれの高専に戻っていく彼らの活動に期待したい

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