Yahoo!に振り向かなかったMicrosoftの“秘密兵器”Weekly Memo

Googleとの提携が破談したYahoo!に、Microsoftは再び振り向かなかった。そこには、検索エンジンで手応えをつかみつつあるMicrosoftの“秘密兵器”の影がちらついている。

» 2008年11月17日 09時05分 公開
[松岡功ITmedia]

MicrosoftがYahoo!に振り向かなかった理由

 「われわれは、過去に立ち返ってYahoo!の買収を再検討するつもりはない」

 米Microsoftのスティーブ・バルマーCEOは11月7日、豪州シドニーで開かれた経済団体の会合での講演でこう語ったという。この発言は、米Googleとの提携を断念した米Yahoo!のジェリー・ヤンCEOが2日前に、再びMicrosoftから買収提案があれば応じる考えを示したことに答えたものだ。今年前半の“Yahoo!争奪戦”の中で、Microsoftの買収提案よりGoogleとの提携を選んだYahoo!に、バルマーCEOは再び振り向かなかった。

 その決断のバックボーンの1つになっているとみられるMicrosoftの事業戦略を、先週12日、同社日本法人のマイクロソフトが記者会見して説明した。その内容とは、Microsoftが今年4月に買収し、100%子会社化したノルウェーのFast Search & Transfer(FAST)と進めているエンタープライズサーチ事業のことだ。実はこのFASTが提供している検索エンジンこそ、MicrosoftにおけるGoogle対抗戦略の今後の柱となりうる、いわば“秘密兵器”なのである。

 マイクロソフトは記者会見で、FAST日本法人との協業のもと、Microsoftの企業内情報共有ソフト「Office SharePoint Server」とFASTの企業向け検索ソフト「fast ESP」を組み合わせて、最適なエンタープライズサーチ・ソリューションを共同提案していくことを強調した。会見に臨んだマイクロソフトの佐分利ユージン執行役常務は、「企業内の情報検索は、単にキーワードベースだけでなく、情報を自動で精査し、見える化する必要がある。2つのソフトを連携・融合させることで、情報を“探す力”と“活かす力”を合わせたエンタープライズサーチ・ソリューションを提供できるようになる」と、FASTの検索技術に期待を寄せた。

MS 記者会見に臨むマイクロソフトの佐分利ユージン執行役常務(左)とファストサーチ&トランスファの徳末哲一社長

 また、マイクロソフトとの協業を深めていくことになったFAST日本法人のファストサーチ&トランスファの徳末哲一社長も、「fast ESPは、国内でもすでに数多くの有力なeコマースやポータルサイトなどに採用されているが、企業内検索システムとしては、最近になって本格的に使われ始めたところだ。この機にMicrosoftがFASTを買収したのは、FASTから見ても、顧客企業に対する信用力強化、ひいてはビジネスの拡大につながるベストタイミングだったと考えている」と、協業による相乗効果に期待を寄せた。

 佐分利常務によると、現状でOffice SharePoint Serverとfast ESPを連携させるためにはカスタム開発が必要となるが、来年にも発売予定のOffice SharePoint Serverの次期バージョンでは、fast ESPをシームレスな形で利用できるようにするという。

Microsoftの“秘密兵器”たるゆえん

 では、なぜFASTの検索エンジンがMicrosoftの“秘密兵器”なのか。筆者が1年余り前に行ったFASTのジョン・M・レルヴィックCEO兼共同設立者へのインタビューから、それを紐解いてみたい。

 まず、FASTの検索エンジンが誕生した経緯について、レルヴィックCEOはこう語った。

 「1980年代後半から90年代前半にかけて、私も在籍していたノルウェー工科大学でのコンピュータ科学の研究から生まれた。当時、検索アルゴリズムの研究が盛んに行われており、私たちはその中で、超高速で高性能、しかもハイスケーラビリティな検索技術を生み出した。当初は、それが具体的にどのような分野に効果を発揮するか明確ではなかったが、ビジネスにするならば米国に進出すべきだと考え、米国に行ってまずは検索の需要が最も大きいポータル運営会社に売り込んだ」

 その結果、同社の検索エンジンは、大手ポータルサイト運営会社の米Lycosが採用したのを皮切りに、顧客を増やしていった。このコメントにおけるポイントは、「超高速で高性能、しかもハイスケーラビリティな検索技術」。採用企業や販売パートナーの間でも、この点に対する評価は非常に高いものがある。

 また、Googleに対するコメントも興味深かった。

 「FASTとGoogleはビジネスを立ち上げたのが同じ頃で、実はお互いによく知った仲だ。検索エンジンということで真っ向から競合しているように見られるが、当初からビジネスモデルが異なっていたので、お互いに成功すればいいと思っていた。ビジネスモデルがどう違うのかというと、Googleはインターネット上でのBtoCの検索サービスをもとに広告で収益を上げる仕組みなのに対し、私たちはイントラネット上でのBtoBtoCを軸に、企業システムの検索プラットフォームとして採用してもらう仕組みだ。私たちの検索エンジンのほうが、エンタープライズサーチとして適用できるデータの範囲が広いので、企業ユースなら私たちに軍配が上がると自負している」

 そして、エンタープライズサーチの今後については、こんな見方を示してくれた。

 「エンタープライズサーチは今後、企業システムのプラットフォームを担う重要な役割を果たすようになっていく。そして従来のデータウェアハウス(DWH)やビジネスインテリジェンス(BI)、さらにはリレーショナルデータベース(RDB)の更新以外の機能が、エンタープライズサーチに集約され、あらゆる業務のベースになっていくだろう」

 レルヴィックCEOのコメントをかいつまんで紹介したが、Microsoftの“秘密兵器”たるゆえんを感じ取っていただけただろうか。

 マイクロソフトの佐分利常務が会見で、最後にこんなコメントを残した。

 「FASTの検索エンジンのコア技術は、企業向けでも一般消費者向けでも活用できるものだと思う」

 数年後のMicrosoftの製品には、すべてFASTの検索エンジンが組み込まれているのではないか。Microsoftの“秘密兵器”たる真骨頂は、まさにこの点にある。

 MicrosoftがYahoo!に、いつかまた振り向くことは……もうなさそうだ。

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プロフィール

まつおか・いさお ITジャーナリストとしてビジネス誌やメディアサイトなどに執筆中。1957年生まれ、大阪府出身。電波新聞社、日刊工業新聞社、コンピュータ・ニュース社(現BCN)などを経てフリーに。2003年10月より3年間、『月刊アイティセレクト』(アイティメディア発行)編集長を務める。(有)松岡編集企画 代表。主な著書は『サン・マイクロシステムズの戦略』(日刊工業新聞社、共著)、『新企業集団・NECグループ』(日本実業出版社)、『NTTドコモ リアルタイム・マネジメントへの挑戦』(日刊工業新聞社、共著)など。


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