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» 2011年07月30日 08時00分 UPDATE

萩原栄幸が斬る! IT時事刻々:「ソフトを購入する」ということ

ソフトウェアにお金を払うという行為は、いったい何を意味するのだろうか。ITの詳しい人にとっては“常識”と思えることでも、別の人には“違う”ということがある。

[萩原栄幸,ITmedia]

本コラムは、情報セキュリティの専門家・萩原栄幸氏がITとビジネスの世界で見落とされがちな、“目からウロコ”のポイントに鋭く切り込みます。


 今回は「ソフトを購入する」という日本語についての筆者の雑感である。ある企業でのコンプライアンス教育と大学教授とやり取りの2つの出来事を紹介しよう。

中堅の部品メーカーにて

 2年ほど前にある会社の工場内でコンプライアンスの啓蒙教育を行った。その会社はコンプライアンスに積極的に取り組んでいたようだ。2回目の講習の時である。ちょうど筆者がソフト著作権について説明した際、若い女性が質問をした。

 「……ということは、例えば自分が秋葉原でソフトを購入したとしても、そのソフトは自分が好き勝手にコピーして友人に渡したりしてはいけないということですか? でも、そのソフトは私がお金を払ったものですからどう使おうと構わないのではないですか? おかしくないですか?」(女性)

 そこで筆者は、「でも、あなたがインストールする時に『ソフトウェア使用許諾書』などと書かれた文章が表示されたことでしょう。それに『同意する』すると、ようやくインストールが開始されるのが一般的です。ご存じですか?」と尋ねた。

 「最初に出てくる“おまじない”の文章ですよね?」

 つい苦笑いしながら、「そうそう、それです。会社によって表現の仕方が異なりますが『使用に関する権利』というものが記載されています」と答えた。

 「ちょっと待って! その文章と購入したソフトと関係ないでしょう。だって、私のものですよ……」(女性)

 「実はソフトは物ではありません。あなたが購入したと言うのは、 ソフトを格納しているCD-ROM、解説書、保証書、パッケージなどの『物』であって、その中にあるソフトについては、それを『使用する権利』を購入したにすぎないのです。だから、製造元が指摘した使い方以外はしてはいけないことを知ってください。製造元は購入した人が無制限にコピーして他人に譲渡すること、ソフト自体を誰かに渡すということは認めていないのが一般的です。それと、通常はライセンスが1つだけですから、最初にインストールした以外のPCにインストールすることも認めてはいないのですよ」(筆者)

 さらに加えて、「最近のウイルス対策ソフトなどにはライセンスが3つになっている場合が多く、パッケージにわざわざ“PC3台までインストールできます”と表示されていますよね。つまり、4台目以降のPCにはインストールできませんということなのです」と説明した。

 しかし、「それって詐欺じゃないの? 私は“購入した”のよ!」と彼女は強調するばかりであった。

 この時、日本人の国民性を思い起こさずにはいられなかったのである。日本人は「物」――つまり有体物――に対しては対価を支払うが、どういう訳か無体物に対してはなかなか対価を支払おうとはしないものだ。日本人には当たり前のような感性なのかもしれないが、世界の常識からすればおかしいのは言うまでもないだろう。その考えを改めるべきだと感じている。

 「よく考えてみてください。あなたが素晴らしいソフトを開発したとします。世界中で何百万本も売れるでしょう。そう考えて、1本1万円で売ったとします。ところが、ある客はそのソフトを1本だけ購入し、それをコピーして世界中に半額で販売したとしたらどうでしょうか? あなたが購入したのはそのソフトを『利用する権利』であって、しかもライセンスは1つ。別のPCにインストールするなら、さらにもう1つの『利用する権利』を購入しなければいけないのですよ。理解してもらえましたか?」(筆者)

 この時、恐らく彼女は日常的にソフトや映像をコピーして友人に渡しているのではないかと疑念が浮かんだ。

ある教授のPC

 これも5、6年も前の話になるが、ある年の正月のこと、1月2日の深夜に突然携帯電話が鳴り出した。ある大学の著名な教授からであった。その教授と筆者は何度か講演会で一緒になり、それ以来の友人であった。教授は専門分野においては日本でもトップクラスに入る人である。

 その教授からの突然の電話に驚いたが、「萩原くん、どうやら私のPCにウイルスが侵入したようだ! ウイルス対策ソフトが必須だと以前に情報工学の学生から聞いていたので購入してインストールし、パターンファイルも最新のものにしていたのだが、どういうことだろうか?」というのである。

 そこで翌日、筆者は教授の自宅に向かった。正月のあいさつもそこそこに、すぐにPCを調べてみた。教授の所見通り、しかも多数のウイルスがすぐに見つかった。どうやら自己顕示欲の強いウイルスが多いようで、これでもかというほどにデスクトップを荒らしていたのだ。

 ウイルスを駆除するよりも、環境を復旧した方が早いと考え、OSのクリーンインストールを行い、教授がバックアップしていた論文や写真などの重要なプライベートデータを入れ直した。その最後に、筆者が事前に購入していたウイルス対策ソフトをインストールした。さて、問題はその原因である。上述の作業の前に調べたところ、筆者は唖然としてしまったのだ。

 それは、教授がインストールしたというウイルス対策ソフトが3年以上も前のものであり、メニュー画面に表示された有効期限の日付は2年前のものだったのである。

 「2年ほど前から、“有効期限が切れますから新しいものをダウンロード”、もしくは“購入してキー情報を入力してください”といったメッセージやメールが届いていませんか?」(筆者)

 「確かにそういうポップアップが表示されていたね。今でも時たま出てくるよ。しかし学生たちから、ポップアップ画面は危険だとか、偽情報でウイルスを侵入させるような悪質な広告があると聞いていたので、全て無視していたよ」(教授)

 そこで筆者は、「ウイルス対策ソフトの有効期間は通常は1年間です。それが切れて2年も放置したらこういう状況になってもおかしくないのですが」と伝えた。すると教授は、冒頭に紹介した女性と同じようなことを話したのである。

 「でも萩原くん。私はこのソフトを購入したのだよ。古いものに愛着を持って大切にする人間がいてもおかしくはないだろう。なぜ購入したソフトを1年間で新しいものに変えないといけないのか、私には分からないよ。毎日パターンファイルの更新というボタンを押して、新しいウイルスにも耐えられるように注意していたのだがね」(教授)

 「教授! あなたが購入したものは有効期限が1年間というソフトの『使用権』なのです。たぶん“有効期限が過ぎています”とか“最新版のパターンファイルになっていません”とかいうメッセージが出ていたと思います。どちらにしても、今後はそのような考えを改めていただけますか。今日の作業でインストールしたウイルス対策ソフトの有効期限は約1年後です。ぜひこの有効期限まではお使いになって、期限が近づいたらWebサイトなどでこのソフトのライセンスを更新してください」(筆者)

 「でもこのウイルス対策ソフトは捨ててしまうのかね? もったいない……」(教授)

 ソフトは「物」ではない。とはいえ、“捨てる”という概念も理解できるのだが……。ITの世界にどっぷり浸かっている人にとっては、こういう感性を理解するのが難しいかもしれない。女性や教授が悪いということではなく、こういった人々の感性を理解しないと思わぬところで“つまずいて”しまうことがあるかもしれない。

 この2つの出来事は筆者にとって、とても新鮮な感覚を知ることができる経験であった。ITに詳しい立場で見れば、“ITオンチ”とけなしてしまうかもしれない。その感性を別の角度から見ると、「なるほど!」と思うような場面が多々ある。そこから吸収できるものもまた貴重ではないだろうか。

萩原栄幸

一般社団法人「情報セキュリティ相談センター」事務局長、社団法人コンピュータソフトウェア著作権協会技術顧問、ネット情報セキュリティ研究会相談役、CFE 公認不正検査士。旧通産省の情報処理技術者試験の最難関である「特種」に最年少(当時)で合格した実績も持つ。

情報セキュリティに関する講演や執筆を精力的にこなし、一般企業へも顧問やコンサルタント(システムエンジニアおよび情報セキュリティ一般など多岐に渡る実践的指導で有名)として活躍中。「個人情報はこうして盗まれる」(KK ベストセラーズ)や「デジタル・フォレンジック辞典」(日科技連出版)など著書多数。


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