銀行員が支店を転々とする理由とは?えっホント!? コンプライアンスの勘所を知る(1/2 ページ)

今回はコンプライアンスの側面からみた違反防止策の一つとして、金融機関で行われる「銀行員の配置転換」を考えてみたい。

» 2012年05月11日 08時00分 公開
[萩原栄幸,ITmedia]

「銀行員は転居を繰り返す」は本当か?

 筆者は三菱東京UFJ銀行に22年間在席した。幸いにも(不幸にも?)システム部に配属され、昭和62年の第三次オンラインシステムの開発以来、情報システム開発や債券先物、債権先物オプションシステムのプロジェクト経験した後、実験室「テクノ巣」で博士号や修士を持ったメーカーの人間と新技術などの調査・研究を行ってきた。そのせいか、システム部から離れることはなかった。

 だが友人たち、特に支店経験者たち大変な状況に遭っている。例えば、筆者の先輩A氏は住宅を購入したばかり(住んでから1年も経っていなかった)にもかかわらず、すぐに地方支店に異動となり、その後は転々。戻ってきた時には既に15年が経過し、「新居が旧居になってしまった」と苦笑いされていた。大よそ2、3年で異動を繰り返していたという。

 他業種の方からすると、銀行の人事異動は“非常識”と思われるかもしれない。だが、これはA氏に限ったことではない。その他の営業店配属組は一時的に本部勤務になることはあっても、日本全国、時には世界中を転々する人が何人もいた。配属先の支店でどんなに成績が優秀でもノルマの半分しか消化していなくても、とにかく“回転”が早いのだ。これが他業種から中途採用で銀行に転職した筆者の実感であった。銀行員(一部を除く)は、そのほとんどは異動を繰り返していたのである。

 筆者にも異動の可能性があったので、銀行会計や経理、保険業務、債権債務の知識や証券業務などさまざまな学習をしたものである。その知識がシステム設計に役に立ったので決して無駄ではなかったと思っている。特に融資の条件や増資、上場をする際の書類などについては、興味本位でその他の部の関係者に教わったものである。さすがに札束の数え方の練習には加わらなかったので、今でもお札の数え方は素人と同じである。

 こうしたことを書いたのは、そういう知識を豊富に持った人間がたとえ行内では“うだつの上がらない”役立たずだったとしても、お客の前では知識を小出しにして信頼を得て、少しずつお客の「懐」に入り、さまざまな不正を働くことはさほど難しいことではないことをお伝えするためである。

クレッシーの“不正を働く3要素”

 人はコンプライアンスを無視し、なぜ不正を働くのだろうか――これにはさまざまな考え方がある。その中で広く世間に認知されているものが、ACFE(米国公認不正検査士協会)の学習内容の一つになっている「不正の3要素」(不正のトライアングルともいう)だ。

 この3要素の詳細については、筆者が以前に執筆した「IT利用の不正対策マニュアル:人はなぜ内部不正を行うのか?」を掲載しているのでそれをご参照くだされば幸いである。

不正の3要素
  1. 動機・プレッシャー
  2. 機会の認識
  3. 正当化

 これが3要素であり、営業店に勤務している銀行員の多くは、この中で「機会」については極めて「恵まれて(?)」いる。逆にいえば「危険な(?)」状況にある。取引先や個人宅に訪問すると、例えば、お客が現金を目の前で1000万円ほど積み、「これを取りあえず期日指定定期にしておいて」と話される。通常の来訪者なら絶対にそういうことはしない。銀行員、しかも信頼のおける「彼」だからこその行為である。銀行員にとっては喜ばしいことではあるが、逆にこの事実を目の前にすると「あ、そろそろ私も異動の時期なんだと改めて気が付かされる」と、筆者の後輩が自慢そうに話していた。

 3要素の一つである「動機」は、通常は銀行にとって無関係である。博打や女性に貢いで「お金がない」というものから「両親ともに寝たきり状態で多額のお金が必要」という状況までさまざまなケースが考えられる。

 以前なら、銀行員はその商品が「お金」であるがゆえ、通常の業態に比べて多くの収入があった。だがそれも、この10年ほどの間に消し飛んでしまい、今では目の前にある札束が「商品」ではなく「お金」に見えてしまう若手の銀行員が急増しているという。

 もう一つの「正当化」も、だんだんとそのしきいが低くなりつつある。「このくらい貰ってもいいほどの仕事をしている」「上司が差別をするので私の出世が遅れてしまった」などが正当化の理由となる。

 銀行はこういう論理展開をしているかは定かではないが、少なくとも上記のような「機会」を確率論的に少なくして不正を防止するために、頻繁な異動を実施しているのである。コンプライアンス教育を徹底しても100%というわけにはいかない。物理的な接触をなるべく避けることで、不正の芽を摘んでしまうという狙いがここにある。

その他の理由

 「不正の防止」は、能動的に自らが不正をしても「見つからない(はず)」「今月中に処理すれば横領したことにはならない(はず)」という心のスキから生まれてくる。その他の理由としては、お客の方から積極的に関与して(共犯)犯罪に走る場合が少なからずある。特に長く接していると、「食事くらい」とか「接待くらい」となってくる。

 今ではこれらの行為に厳しい目が向けられるようになっているのだが、昔ならば断り続けるのに勇気が必要だった。支店長同席という場面ならいざしらず、通常では誘いにのってしまうと「コンプライアンス違反」に該当してしまう。そういうリスクを少しでも軽減させる一番の方法が異動というわけだ。

 また、お客と長く接していると、関係から生じる「このくらいの追加融資なら……」「本来なら融資を中止すべきだけど、長い付き合いだかからこのまま継続するか……」といった担当者の安易な自己判断を回避する上でも異動は重要になってくる。よく営業店経験者が、「異動は大変だけど、だいたいはほっとする」といったケースが多い。

 「数字を優先して人間関係を壊してまで資金を回収するのはあまりにも辛い。かといって、内部目標の必達や、上司・同僚に認めてもらうための裏付け資料の作成も辛い。だから早く異動にならないか心待ちしていた場面もあった」と、社内で同僚が話しているのをよく耳にしたものだ。

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