「持たざるプライベートクラウド」こそが本命だITアナリストの見解(1/2 ページ)

注目を集めつつある仮想プライベートクラウド(VPC)について、ITRの金谷氏が解説する。

» 2012年07月26日 08時00分 公開
[金谷敏尊(ITR),ITmedia]

 これまでパブリッククラウド市場は、企業の基幹システムというよりは、特定事業部向けのWebシステムや一部の情報系アプリケーションの需要によって支えられてきた。情報システムを丸ごと収容するもののではなく、プロバイダが標準化するクラウド基盤の仕様に見合うシステムだけが、その対象となっていた。また、現行資産を移設するというよりは、特定システムの新規開発や再構築時の受け皿であった。

 CIO(最高情報責任者)やIT部長に「自社の基幹システムをパブリッククラウドで動かしたいですか」と尋ねてみるといい。この問いに「YES」と答える人は一部であろう。ネットにさらされることの危険性、安定運用のコントロールと保証、仕様の硬直性などを考えると、一足飛びにクラウド化することのリスクは小さくないのである。

 しかし、ここにきてクラウドの本命というべきサービス提供形態が普及しつつあり、需要構造に大きな変化が訪れている。「持たざるプライベートクラウド」といえる仮想プライベートクラウド(VPC)がそれだ。

クラウド市場の真実

 VPCの話を進める前に、これまでメディアなどであまり取り上げられることのなかった核心に触れておきたい。パブリッククラウドは今なお企業からの期待が高く、連日メディアでも取り上げられているが、果たしてその加熱ぶりに見合うだけのビジネスになっているのか、という点である。

 アイ・ティ・アール(ITR)が実施するIT投資動向調査では、ユーザー企業における2011年末の採用率でSaaSが26.4%、PaaS/IaaSが15.5%との結果が出ている。従業員1000人以上の大企業に限ればSaaSが37.8%、PaaS/IaaSが28.6%と採用率は低くない。これだけ見ると、パブリッククラウドはかなり利用されているように感じる。しかし、この数字は「採用する企業の割合」であり、「パブリッククラウド上で稼働するシステムの割合」ではないという点に注意しなければならない。ほとんどの企業は自社情報システムのごく一部でパブリッククラウドを適用しているに過ぎないのだ。

 では、パブリッククラウドが扱うシステムの規模感は実際にはどの程度なのか。市場規模の側面から見てみよう。ITRが実施する市場調査では、SaaS、PaaS/IaaSの2011年度の市場規模は合算で1156億円となっている。これは主流というには小さな値である。なぜなら比較対象となり得るITアウトソーシングの市場規模は2兆円程度に達しているからだ。ITアウトソーシング市場規模とは、システムの基盤(ハード、ソフト資産)および運用にかかるサービス、人件費、設備費の合算である。パブリッククラウドは、インフラ費、人件費、設備費などで構成されており、ITアウトソーシングの1つの形態といえる。厳密な比較ではないものの、おおむねパブリッククラウドの市場規模はITアウトソーシング市場の5%程度と考えられる。パブリッククラウドは、世間で騒がれている状況と異なり、小規模で運営されているのが実態だ。従来型のアウトソーシングによるIT調達が、いまだに主流なのである(図1)

図1 パブリッククラウドは高成長だが、現時点での主流ではない(出典:ITR) 図1 パブリッククラウドは高成長だが、現時点での主流ではない(出典:ITR)

 従来型のITアウトソーシングとパブリッククラウドの両サービスを手掛けるデータセンターを見学する機会があれば、確認してみてもらいたい。ハウジングエリアに多数のサーバ、ストレージのラックが居並ぶ片隅に、パブリッククラウド事業用の機器はわずか数ラックしかないというセンターは珍しくない。集約効率が高いという事情もあるが、それにしても現時点ではまだ小規模なのである。

 早期に投資回収して、パブリッククラウド事業を利益体質に転換するベンダーもまだ極めて少数派である。クラウド事業はストックビジネス、つまり設備投資を行う代わりに将来的な安定収益を期待するビジネスモデルだ。SIベンダーや製品ベンダーは、これまではプロジェクトを受注することでハードウェアやライセンスによる一定規模の売上が見込めたのが、月額数万円という売り上げの積み重ねになることの変化は大きい。多くのベンダーはパブリッククラウドを声高に推進、宣伝しながらも、その傍らで従来型ビジネスで収益確保しているのが実情だ。

プライベートクラウドに強い指向

 このように国内クラウド市場はまだ普及期の初期段階にとどまっている。しかし、「クラウド元年」といわれる2010年を境に急速に関心度が高まり、企業に浸透しているのは確かである。それでは今、クラウドの需要はどこにあり、どこへ向かっていくと考えられるのだろうか。ITRが2012年6月に実施した「クラウド/ICTアウトソーシング動向調査」では、この点について興味深い結果が得られた。会計システムを例に、システム構築手法について調査した結果を見てみよう(図2)

 これによれば、現在「非クラウドによる個別構築」を行う企業は75.3%と圧倒的多数だが、将来的には48.7%に減少し、多くがクラウドに移行することが示される。なかでも「プライベートクラウドで構築」とする回答者が多い。ここでいうプライベートクラウドはグループ利用を前提としているが、セルフサービスポータルや自動プロビジョニングなどの機能を備えない仮想環境も含まれると見られる。いずれにせよ国内企業の多くが、将来的にプライベートな基盤構築を指向していることが明らかである。

図2 会計システム基盤の構築手法(出典:ITR) 図2 会計システム基盤の構築手法(出典:ITR)

 「パブリッククラウドを利用」とする場合も、その内訳を見るとプライベート指向が強いことが示される。パブリッククラウドには、SaaS、IaaS、VPCの3つの選択肢があるが、VPCが49%と多数派の回答を得ており、将来のシステム基盤として期待されている。パブリッククラウドを利用するにしても、できるだけ自社専用のプライベートクラウドとして活用したいというわけだ。国内では、システム資産を保有する「自前主義」の企業が比較的多く、フルオープンな環境を必ずしも好まない。プライベート指向の強さは、国内クラウド需要の1つの特徴と言っていいだろう。なお、プライベート指向性は、会計システムに限った特徴ではない。比率の差こそあるが、基幹系、業務系、情報系を問わず、全般的に同様の傾向があることを付け加えておきたい。

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