遠隔操作ウイルス事件で「誤認逮捕」が生じた背景を探る萩原栄幸の情報セキュリティ相談室(2/2 ページ)

» 2014年05月30日 08時00分 公開
[萩原栄幸,ITmedia]
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被疑者との面談

 高木教授によると「潔白な人が自白してしまう」タイプは3つあるという。「身代わり型」「思い込み型」、そして面接環境や面接方法が主たる原因となる「悲しい嘘型」である。

 今回の誤認逮捕までに至る警察関係者の様々な「不注意」や「思い込み」があったということは、想像に難くない。ただ、弁護をするつもりはないが、筆者は様々な警察関係者を仕事でもプライベートでも存じ上げている。皆が本当に実直で正義感に溢れ、頼もしい人たちである。

 警察関係者がどういう専門教育が実施されているかは分からないが、筆者が言えることは「一般に考えられている以上にこの悲しい嘘型は発生しやすい」ということである。筆者自身も様々な経験からそう思っている。だから、取調官はこのリスクを十分に認識し、経験則だけでなく論理としてもきちんと学習した上で、取り調べに臨んでいただきたいと願っている。もし既に教育が現場担当者まで行われているというなら、その教育がきちんと浸透されているのか、チェックされた方が望ましいと思う。

 筆者が内部犯罪者と面談する時には、これらの論理に基づいて周辺の状況証拠などを言い逃れが全くできないくらいに固めたうえで、被疑者の心の内面から揺さぶる方法で「自白した方が得」と思わせるように行っている。実際、正直に話した方が結果としては最善となることが多いのも事実である。

 高木教授も指摘されているが、「面接技法」は必須であり、「質の高い情報(自白を含む)」を得るには専門的な面接技法が欠かせないと痛切に感じる。

 今回の事件で警察関係者のごく一部は、正義感が強く全面に出てしまい、思い込みで面談をしてしまった可能性があるのではないだろうか。企業の情報セキュリティ教育も同じだが、どんな経験者でも必ず年1回は基本に戻って真剣に教育を受け、そして、現場で実践するということが最も重要である。10年選手でも20年選手でも、しょせんは人間であり、「おごり」「上から目線」などの感情は、どうしても醸成しやすくなる。特に警察官であれば権力を持っているので、なおさらだと感じている。

 一般の方々は、「やってもいない事を自白するはずがない」と思いがちだが、それは大きな誤りだ。仮に(どのような境遇だったとしても)被疑者に対して99%の警察官が「個人的にはとてもいい奴だ」と感じていても、「犯人だけどとり逃してしまう可能性」と「犯人じゃないけど誤認逮捕してしまう可能性」を天秤にかけた時、仕事ではどうしても「捕り逃しを許さない感情(正義感)」と「成績向上のためのあせり」の相乗効果によって、つい過剰な取り調べになってしまう可能性を否定することはできないだろう。


 前述した通り、記憶の改ざんは「意図する・しない」にかかわらず、比較的簡単にできてしまえる。すると、人間は簡単に「虚偽自白」する状況に陥ってしまう。想像するに筆者も多分簡単に虚偽自白してしまうだろうと思う。

 最近の誤認逮捕やえん罪を思うに、もう少し謙虚で論理性のある面談手法(例えば、その場で質問事項を考えるというのは非論理的である)と正義感、慎重な裏付けのある証拠などの「バランス感覚」で判断されるべきではないだろうか。

 このことは情報セキュリティの世界でいう「生体認証」によく似ている。

 例えば、「本人拒否率」(本人なのにシステムが他人と考えて拒否してしまう可能性)と「他人受容率」(他人なのに正当な権限者と判断してしまう可能性)は微妙なバランスの上にある。「犯人だけどとり逃してしまう可能性」と「犯人ではないけど誤認逮捕してしまう可能性」の天秤と同じだ感じる。

 一つ一つの証拠を丁寧に検証し、論理に矛盾がないことを確信した上でも、この天秤を常に感じ取りながら、性悪そうな被疑者でも実直そうな被疑者でも冷静に対応する。先入観は持たず、これらの作業を積み重ねることで「状況証拠」だけでも、十分に立件できる体制が整えるのではないだろうか。

 自白をあまりにも重視しているなら、強いては「えん罪」を生むきっかけになってしまうような気がしてならない。この天秤で明らかに重視すべきことは、「疑わしきは罰せず」だと思っている。

萩原栄幸

日本セキュリティ・マネジメント学会常任理事、「先端技術・情報犯罪とセキュリティ研究会」主査。社団法人コンピュータソフトウェア著作権協会技術顧問、CFE 公認不正検査士。旧通産省の情報処理技術者試験の最難関である「特種」に最年少(当時)で合格。2008年6月まで三菱東京UFJ銀行に勤務、実験室「テクノ巣」の責任者を務める。

組織内部犯罪やネット犯罪、コンプライアンス、情報セキュリティ、クラウド、スマホ、BYODなどをテーマに講演、執筆、コンサルティングと幅広く活躍中。「個人情報はこうして盗まれる」(KK ベストセラーズ)や「デジタル・フォレンジック辞典」(日科技連出版)など著書多数。


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