SAPとIBMの協業拡大で見えてきたIT業界の対立構図Weekly Memo

SAPとIBMが先週、クラウド事業での協業を拡大すると発表した。この動きはIT市場にどんなインパクトを与え、IT業界の勢力図にどのような変化をもたらすのか。

» 2014年10月20日 08時00分 公開
[松岡功,ITmedia]

SAPとIBMの協業拡大における両社の思惑

 SAPと米IBMが10月14日(米国時間)、クラウド事業での協業を拡大すると発表した。協業拡大のポイントは、SAPが提供する「SAP HANA Enterprise Cloud」をIBMのクラウド基盤でも利用できるようにするという点だ。

 SAP HANA Enterprise Cloudは、インメモリデータベース「SAP HANA」に対応した大規模でミッションクリティカルな基幹業務用途を対象にしたクラウドサービスである。SAPが昨年5月に発表して以来、自社のデータセンターからサービスを提供してきたが、今回の協業拡大でIBMのデータセンターからも利用できるようになる。

 両社の発表によると、SAPがSAP HANA Enterprise Cloudの戦略的重要プロバイダーとしてIBMを選出したとしている。つまり、SAPが主力事業である大規模なERPのクラウドサービスをIBMとともに推進することを表明した形だ。

 SAPのビル・マクダーモットCEOはIBMとの協業拡大について、「SAP HANAを基盤とするSAP Business Suiteのクラウド展開に対する需要は著しく、今回の世界規模でのIBMとの協業拡大は、クラウドコラボレーションの新たな時代の幕開けになるだろう。SAP HANA Enterprise Cloudのサービス拡大が顧客にとって大きなメリットになると確信している」と語っている。

 また、IBMのバージニア(ジニー)・M・ロメッティCEOも、「今回の発表はエンタープライズクラウドの展開における重要な節目となる。当社のセキュアでオープンなハイブリッド型エンタープライズクラウドプラットフォームにより、SAPユーザーはビッグデータやモバイル、ソーシャルなどを駆使しながら、新たな働き方を追求できると期待している」とコメントを寄せている。

 SAPとIBMはクラウド事業において、今年6月に協業を発表した。内容は、IBMのIaaSである「SoftLayer」上でSAPのソフトウェア製品を利用できるようにしたというものだ。今回はこれを拡大し、IBMがSAP HANA Enterprise CloudをSoftLayerおよびマネージドサービス「IBM Cloud Managed Services」などと組み合わせて提供できるようになる。

 これにより、SAPはIBMのクラウド基盤を通じて主力サービスをグローバルにきめ細かく展開できるようになる一方、IBMはSAPのサービスに付加価値をつけて大規模でミッションクリティカルな基幹業務用途を対象にしたクラウドサービスを一層強化できるようになる。

IBM・SAP陣営vs. Microsoft・Oracle・Salesforce.com陣営

 では、SAPとIBMのこうした動きが、果たしてIT市場にどんなインパクトを与え、IT業界の勢力図にどのような変化をもたらす可能性があるのか。

 まず考えられるのは、基幹業務であるERPのクラウドサービスの普及に弾みがつくことである。これまで企業向けクラウドサービスとしては、米Amazon Web Services(AWS)や米Microsoft、米Salesforce.comなどが先行しているが、ERPのクラウドサービスが本格的に普及するのはこれからだ。

 とはいえ、とりわけIaaSで先行するAWSのサービスはSAP製品も含めて幅広く利用でき、最近ではAWS上で基幹業務システムを実現した事例も増えてきている。これに対し、今回のSAPとIBMの協業拡大は、SAPからすれば、大規模向けはIBM、中小規模向けはAWSを通じてサービスを展開するという思惑があるかもしれないが、IBMにとってはまさしくAWS追撃の足がかりになるとみられる。

 基幹業務のクラウドサービスをめぐる市場競争でいえば、先に挙げたMicrosoftやSalesforce.comとともに、米Oracleや米Google、米Hewlett-Packard(HP)が今後どのようなアライアンス展開を図るのかも気になるところだ。

 この中で、MicrosoftとOracleは昨年夏に戦略的提携を発表し、MicrosoftのIaaS/PaaSである「Microsoft Azure」上でOracleのソフトウェア製品を利用できるようにした。もっともMicrosoftはAWS、SAP、Salesforce.comとも協業を図っており、クラウド事業におけるエコシステムの拡大に注力している。

 とはいえ、SAPが今回、IBMとの協業を拡大したことで、Microsoftは基幹業務のクラウドサービスで、この分野に強みを持つOracleとの協業を拡大する可能性もありそうだ。

 また、今年5月に戦略的提携を発表したMicrosoftとSalesforce.comの動きも注目される。両社の協業は、Salesforce.comのCRMアプリケーションおよびプラットフォームとMicrosoft OfficeおよびWindowsの統合を眼目としており、Salesforce.comが先週、米国サンフランシスコで開催したプライベートイベント「Dreamforce 2014」でその具体的な内容が明らかになった。

 さらにSalesforce.comはもともとOracleの製品をクラウド基盤に利用していることもあり、基幹業務のクラウドサービスについては、MicrosoftとOracleの協業拡大にSalesforce.comが加担することも考えられる。

 一方、SAPとIBMの協業拡大には、もう1つIT市場に大きなインパクトをもたらす可能性のあるアライアンスがある。今年7月に発表された米AppleとIBMの提携だ。企業のモバイル利用の変革を掲げた両社の「独占的提携」が、今回の動きにどう関連してくるか。先に紹介したIBMのロメッティ氏のコメントは、それを示唆しているようにも受け取れる。

 こうしてみると、基幹業務のクラウドサービス分野においては、「IBM・SAP陣営vs. Microsoft・Oracle・Salesforce.com陣営」といった対立構図が浮かび上がってきたようにも見える。この構図に対し、AWSやGoogle、HPがどんなポジションをとるのか。こんな視点も踏まえながら、業界動向に注目していきたい。

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