街づくりモデルによる「成長する企業システム」“街づくり”で理解するシステム構築入門(3)(2/3 ページ)

» 2005年07月07日 12時00分 公開
[鈴木 雄介,@IT]

完成された街を目指して

こうした状況の中、一時期に流行したのがERPパッケージだろう。ERPという概念は企業内のさまざまな情報を一元的に管理するというもので、そのためには各種の情報を1カ所に集めてこなければならない。そこで、ERPパッケージとは、最初からつながるように作ってあるシステムを使うという発想である。たとえるなら、都市機能を持たないスラム街に代えて、共通の都市基盤を用意してあらかじめ街を作ってしまう方法だ。

 しかし、このやり方にはいくつもの難しい点がある。前回(第2回「住居入手と比較する“システム構築の特殊性”」)で紹介したように、コンピュータ・システムというのは細部に至るまでをユーザーが自分で改造することが困難である。そのため、ERPが形づくる街は家具から細かい調度品まで、すべてが最初から用意されているのだが、ここに移住するには、これまでの生活を捨てて新しいライフスタイルを受け入れるという大きな負荷を伴うことになる。しかも、そのライフスタイルは業界のベストプラクティスという名の下に完成された、誰か別の住人のスタイルなのだ。

 このためERPパッケージにも批判が起こり、こうした大きな変化を伴う導入は避けられるようになってきた(無論、成功例もある)。代わってEDIの進化形であるEAIといった概念が重視された。これは道路を効率的に作ろうとする手法である。古い建物であっても、新しい建物であっても、橋を作り、トンネルを掘り、うまくつなぐ。道もハブ&スポーク型と呼ばれるように、中央に広場を作り、すべての建物と広場を結ぶことで無駄なく道を作成できるように考えられている。ただし、これは共通の都市基盤を整備したというわけではなく、ただ道路をつないで行き来(データの入出力)を簡便に行えるようにしたものに過ぎない。電話網や上下水道のような生活に必要なインフラを共通化、統合化して、効率的に都市機能を提供するという点では完全とは呼べないだろう。

 これをさらに推し進めるのがSOAと呼ばれている概念である。SOAはたくさんの建物を仮想的に1つの街のようにまとめるという考え方だ。SOAではESBのような共通の都市基盤が用意して、その上に建物が建てていくことを理想としている。しかし、過去からある建物を簡単に移築できるわけではない。そこで、そうした建物にアダプタを付けることで、仮想的に都市基盤上にあるように振る舞うようにするソリューションもあり、レガシーシステムや新規のシステムのすべてが基盤上に構築できないという状況に対しても現実的な解を示している。しかしながら、「遠くにある建物をも仮想的に街の要素として扱う」という考え方はパフォーマンスの点などで、まだまだ多くの課題が存在している。

全体と部分のバランス

 では、街づくりのための都市計画とはどう考えればよいだろうか。ここで考えなくてはいけないのは、街にかかわる2つの立場である。それは、行政と住人だ。両者は、ちょうど情報システム部門と業務部門のような関係になる。双方の目的は街の発展ではあるが、立場の違いから大きなすれ違いを生んでしまうこともある。

 計画都市である多摩ニュータウンは、1971年に入居が始まった当時、交通整備が遅れたため陸の孤島と呼ばれた。スーパーが1軒しかなく買い物にも苦労した。多摩ニュータウンで作られた都市基盤は立派なものであったが、初期段階では暮らしやすさという点では大きな問題を抱えていたわけである。これは、行政の考えた街づくりが、住人にとっての暮らしやすさとずれていたという残念な例だろう。

 システム開発も同じようなことがいえる。前回にも書いたとおり、システム開発では設計段階で詳細な確認を行うことができないため「使ってみなければ分からない」という現実がある。情報システム部門がいろいろな方面に配慮をして作り上げた機能は、実は現場のニーズと一致していないかもしれない。しかし、逆に“住民主導”を推進し過ぎると、最初に述べたように計画なき街づくりになってしまう。住人のニーズを取り入れた、バランスの取れた都市計画が必要なのだ。

時間とともに変化する街

 そして、もう1つ大きな問題は、時間とともにニーズが変化することだ。

 街は、常に変化する。それは政治的・経済的影響──外部要因と、そこに住んでいる人々の暮らし方や考え方──内部要因の相互作用による。

 例えば都市においては、インナーシティ現象(空洞化現象、ドーナッツ現)と呼ばれる現象がある。これは、街の中心地の建築物が老朽化し、富裕層や企業が郊外の新興地に移転しまうことで、中心街の人口が減少したり、治安が悪化したりして、街全体が過疎化するというものである。これに対応するためには老朽化した中心地を再開発していかなくてはならない。

 このように時代の変化に身を任せているだけ街は魅力を減らしていくだろう。変わらずに魅力を保ち続けるというのは、実際には意図的に変化し続けているということなのだ。

 一方で企業内を見れば、インナーシティ現象のように中核となる基幹システムが新しく発生する業務に対応できないため、新しいサブシステムを次々に開発して、結果、多数のシステムが乱立するという状況を招いている。こうした状況では、単に1つの良いシステムをいかにうまく作るかというだけでなく、企業システム全体をコントロールするという新しい視点が必要だ。

 多くの街は、継続的に変化を続けている。一見変化のないような街でも、放っておけば壊れたり風化したりする街並みを維持するという小さな変化を繰り返しているのだ。

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