IT徒然草――コストと利便性を追い求めて失うもの何かがおかしいIT化の進め方(18)(1/4 ページ)

この20年くらいを振り返ってみると、目先の利便性やコスト効率を追いかける傾向が強い。しかし、その結果をよく見てみると、この流れの中で失ったものも非常に大きい。今回は、IT化やデジタル化とともに失ってきたものを考えてみた。

» 2005年07月28日 12時00分 公開
[公江義隆,@IT]

 何となくITの分野でも、マンネリと閉塞感を感じることが増えたような気がする。いままで馬車馬のように目隠しされて、ただ前進あるのみであったような気がしないでもない。企業30年説がはやるよりも随分前に、20世紀の技術は1万日で飽和するといった人がいた。チョッと立ち止まって振り返り、周りを見渡してみることが必要な時期なのかもしれない。

 この10?20年を振り返って見た場合、デジタル化の流れの中で、ひたすら目先の利便性とコストや効率を追いかける傾向が強かった。しかし、その結果をよく見てみると、この流れの中で失ったものも、また非常に大きいことに気が付く。

 最初のころは良いと思っていたことでも、副作用や思いもかけなかった弊害が、後から見えてくることがよくある。不都合に気が付いたときには、もはや後戻りできない状況になっている場合が少なくない。「給料の銀行振り込みシステムによって、父親が権威を失い家庭がバラバラになった」という人がいる。また、「インターネットの便利さと引き換えに、社会が安全性を失った」という人もいる。

 梅雨明けのオフタイムの話題として、ビールのつまみ代わりにでもしていただければと思い、徒然なるままに、IT化デジタル化とともに失ってきたものを書きつづってみた。

便利な道具と引き換えに失ったもの

 昔の手書きの報告書からは、文字の乱れや、書き直しの跡など、書いた人の発想の過程や、そこでの苦労、心理状態などが読み取れる、マネジメントにとって貴重な情報があった。しかし、ワープロの普及によって、利便性と引き換えにマネージャにとって人の管理に掛け替えのない情報を得るすべを失った。

 書き直しや修正が大変であった万年筆や鉛筆の時代には、書き始める前の段階で、文章の全体構成の検討に時間を使い、内容表現などに随分頭をひねった。ワープロという便利な道具を手に入れ、文章作成の作業内容は随分変わった。思い付いたことをとにかくキーボードからたたき込み、ある程度作業が進んだところで、文章の順序の入れ替えや添削、言葉、表現の修正の繰り返しという一種の試行錯誤のプロセスをたどるような内容だ。スタート時点の敷居は低くなったが、試行錯誤プロセスで時間がかかるため、全体の効率が上がるわけでもない。出来栄え(内容)は散漫になっている可能性が高い。

 頭の中だけで、問題を整理し、あれこれ組み合わせや順序、また表現方法を考えるという作業は構想力や、ひいては企画力・設計力(特にアーキテクチャの設計など)の有用なトレーニングになるのだが、ワープロの便利さがこれらの能力育成の機会を奪ってしまった。

 数字を扱う仕事についても、同じようなことがいえる。最近見たことのある人は少ないだろうが、電卓やコンピュータが普及する以前の設計技術者にとっては、計算尺が必須の計算の道具であった。掛け算、割り算、三角関数や対数の計算、……など、さまざまな分野で、必要な計算のほとんどをこれに頼っていた。これにより、有効数字3けた程度の計算ができたが、数字の位取りだけは頭の中で、暗算でこなす必要のある道具であった。

ALT 計算尺

 この“暗算”の能力や習慣が、企画や設計の作業に大変重要であるように思う。設計は、ある前提条件の下で、全体を構成するさまざまな要素や部分について、バランスよく最適な組み合わせや条件を決める作業である。最初に頭の中に描く全体のイメージが結果を左右する。優秀な設計者はこの段階で、無意識のうちに頭の中で概算の計算をしている。従って、詳細な計算結果が出てから慌てるようなことにはならない。ITの企画や設計を担当する人にこんなことはいま、どの程度できているであろうか。「スケジュールが半年遅れるとROIがどの程度下がるか?」といった意識は頭の中にあるだろうか。

 事務や管理部門では、かつてはソロバンが必須の道具であった。ソロバンの名手には、問題点や数字の間違いを素早く発見するなど、数字に対する“勘”や“感”が鋭い人が多かったように思う。

 表計算ソフトは大変便利な道具ではある。しかし、便利さ故に、人の能力を退化させてしまう可能性を秘めている。計算した結果がなぜそうなるのか、それが正しいことを説明できて初めて、問題が理解できたことになる。例えば、「入力データがxxで、データには間違いがない。プログラムが計算ミスをするはずはないので、計算結果は正しいはず」というのでは、問題を本当に理解できたことにはならない。

 「この条件ならこうなる、こちらの条件ならこう」と、さまざまな条件のシミュレーション結果はそろえるが、「だから、この条件でやりたい・やるべき」という話は、なかなか出てこないと経営企画部門のマネージャがぼやき、実験データの分析にのめり込んで、研究者が研究をしなくなったと、研究部門の責任者が嘆く。

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