そのころ、坂口は営業部に駆り出されていた。ほかの顧客に、不審な情報が流れていないかを確認するためである。
顧客に不安を与えないために、システムの送信ミスという理由で主要顧客に確認を取っていった。
営業部の人間では足りないため、営業経験者に応援依頼が来たのだ。サンドラフト本社の会議室を営業部分室と称して電話を増設し、本社の営業経験者が分担して対応していた。
坂口 「よし、これで30件目まではOKだ。でも、まだこんなにあるのか……」
坂口は深いため息をつきながら、こんなときにはどんな対応をすべきか、一向に思い付かなかった。
坂口 「(こんなことは、経験を積んで対応するもんじゃない。豊若さんや八島さんがいったように、想像力を働かせなくちゃいけないんだ)」
坂口 「(こんなときにまったく対応できないなんて、何が上級シスアド資格者だ。豊若さんに『上級シスアド不適格』といわれても当然じゃないか)」
坂口はしばらく終わりそうのない電話業務をこなしながら、自問自答していた。答えの出ない問題に悩んでいると、突然、背中越しに声が掛かった。
松嶋 「坂口くん! 大丈夫?」
振り返ると松嶋が心配そうな顔をしている。どうも、かなり深刻な顔をしていたらしい。
坂口 「松嶋さん! どうしてここに?」
松嶋 「西田副社長のところにある依頼で打ち合わせに来てたの。そしたら、社内が騒がしいじゃない。聞いたら情報漏えいで大変なことになったっていうから、びっくりして。私は坂口くんを探していたのよ。顔色が良くないわね……」
坂口 「すいません。でも、どうして僕を探していたんですか」
松嶋 「探していたのは私じゃなくて、うちのボスよ」
坂口 「えぇ?、豊若さんも来てるんですか?」
松嶋 「いま、八島主任のところに行ってると思うわよ。ここは私に任せて、情報システム部に向かって。私、最近はセキュリティ系の相談も受けているの。ちょうどコンサルティングに使う資材一式をCD-ROMで持ってきているわ。その中に、危機管理用顧客対応マニュアルが入っているはずだから、少しアレンジしてみんなに配るわ!」
坂口 「ありがとうございます。すいませんが、よろしくお願いします!」
坂口は暗闇の向こうに強い光が照らし出してくるような感じを抱いていた。松嶋さんと豊若さんがいるなら安心だ……。
坂口はすぐに情報システム部に駆け込んだ。すでに豊若が八島主任と打ち合わせ中だった。坂口の気配に気付くと豊若は厳しい表情のまま、叱責(しっせき)した。
豊若 「遅いぞ! 坂口」
坂口 「すっ、すいません。どうしていいのか分からなくて……」
豊若 「泣き言は後だ。現状は八島主任から聞いた。まずは、ネットワークの遮断とログのチェック、それから検疫ソフトの準備だ」
八島 「外部ネットワークとの遮断はすでに終わっています。ログ解析を急いでいますが、量が多くて……」
豊若 「八島さん、今回配信されたメールの日時に特定して調べてください。配信日時から2日前ぐらいまで調べていただければ結構です。必要なログは、サーバへのアクセスログとメールサーバのログ、それと念のためにファイアウォールのログも調べてください」
坂口 「ファイアウォールのログですか?」
豊若 「そうだ。もしかすると外部からの侵入履歴か送信履歴が残っているかもしれない。こういうことをするやからは、自分のしたことを確認したがる傾向があるからな」
坂口 「なるほど。でも、なぜ2日間でいいんです?」
豊若 「多分、受注情報の入ったサーバにアクセスできるのは限られた人間だ。一般的な傾向としてアクセスした時間とメール送信時間にはそう差はないはずだ。配信日時に特定して調べれば、絞り込みが速くなる」
豊若と坂口が会話している間に、八島に日時を限定したデータベースへの操作ログが届けられた。
八島はもらったログに、あらかじめ設定されている端末のIPアドレスと端末の使用者リストを手早く組み合わせて、2日間にアクセスした社員を割り出そうとしていた。
そして、八島は結果を見るなり顔色を変えた……。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.