自己中な最低主人公、そしてヤシマ作戦発動!目指せ!シスアドの達人−第2部 飛躍編(12)(3/4 ページ)

» 2007年11月05日 12時00分 公開
[石黒由紀(シスアド達人倶楽部),@IT]

伊東の大冒険。……そして大失敗

坂口 「うーんん……」

 八島の提案書を読み終わった坂口が大きく伸びをすると、自席で何やら資料のまとめ作業をしているらしい伊東が目に入った。

 谷田のいうとおり、伊東にはもっと仕事を覚えるチャンスが必要なのかもしれない。鮮やかに先手を打った八島を見習って、思い切って伊東に次の作業のための調査を任せてみてもいいのかもしれない。

坂口 「伊東、ちょっと来てくれるか」

 ハッと顔を上げ、急いで飛んでくる伊東は、子猿というより飼い主に呼ばれた子犬のようでやはり憎めない。「もっと早い時期に、いろいろ面倒を見てやればよかった」と考えながら、坂口は伊東に1つの仕事を指示した。

 「次にシステム化の対象となる在庫管理について、配送センターの業務フロー、特に生産管理との連携部分を詳細化してほしい。差し当たり、緊急の要件ではないが、システム連携時に問題とならないように、事前調査をしてくれればありがたい」というものだ。神妙な顔つきで聞いていた伊東は、泣き笑いのようなおかしな表情をしている。

伊東 「え、え? ぼ、ぼきゅが、1人で行くんですか?」

坂口 「あぁ、そうだ。ほら、配送センターには、前に一度ヒアリングに行ってるだろ? 現場の課題はすでにいろいろと聞いているから、それをいまの業務フローと併せて考えて、RFIDを活用した改善提案をしたいんだ。そのとき、万が一にも生産管理とつながらないなんてことがあってはいけないから、業務フローをしっかり可視化しておきたいんだよ。そろそろお前に任せてみたいんだけど、どうだ?」

伊東 「ま、任せる? 任せてもらえるんですか? い、い、いいんですか?」

坂口 「そろそろ1人でやってみてもいいだろう? 何かあったら俺がフォローするから、思い切ってやってこい!」

伊東 「は、は、はい! 頑張りまっしゅ!」

 伊東の表情が、みるみるうちに明るくなった。

伊東 「(ま、任せるだって。思い切ってやってこいだって。そんなこといわれたの初めてだー! 谷田さん、ぼきゅ、あなたにふさわしい“できる男”を目指します!)」

 アポイントを入れて配送センターに向かった伊東は、期待に胸を膨らませていた。試験にこそ合格できなかったが、初級シスアドの勉強を通して、ほんの少しだが成長できたような気がしているのだ。成果を出した自分を、谷田がうっとりした目つきで見てくれているところを想像して、伊東は思わず顔が笑ってしまった。

岸谷 「おい? ニヤニヤしてないで、さっさと始めてくれないか。みんな忙しい中集まってきてるんだ」

伊東 「は、はい! しゅ、しゅみまっしぇん!! ええーっと、配送センターの方から伺った課題をIT企画推進室でまとめてみましたので、まずはそちらの資料から……」

 課題の中から見えてくる現状業務のムダについて、先日のヒアリングだけでは不明だった個所を洗い出し、確認を取ってくるのが今日の作業だ。坂口の指導を受けて準備をしてきたため、打ち合わせの出だしは、まずまずだった。しかし、伊東がやっとの思いで半分ほどの確認を終えたころ、アクシデントは起こった。

伊東 「えー、では次の事項ですが……」

岸谷 「えっと……。ちょっと待ってくれ。次の項目はコンビニ/スーパー系の配送についてだよな? 今日は不在なんだが、ウチの木村ってヤツがこのあたりを問題視していて、改善案をまとめたものがあるんだ。ちょっとこの資料を見てくれないか?」

伊東 「は、は、はいいっ?」

 突然、見たこともない資料を渡されて、伊東はパニックになってしまった。配送センターの業務にしても、坂口から教えてもらった付け焼刃の知識があるだけなのだ。

 こういう場合に備えて、坂口からは「分からないものは分からないと、ちゃんといえよ。相手はプロなんだから、こちらより詳しいのは当たり前だ。謙虚な気持ちで説明をお願いすれば、きっと教えてもらえるからな」といわれていたのだが、このときの伊東の頭の中からは、坂口のアドバイスはすっかり飛んでしまっていた。

 震える手で資料をめくると、そこには手順を整理し、問題点の解決を多方面から考察した改善フローのパターンがびっしりと並んでいる。伊東にとっては詳細過ぎる内容で、とてもついていけない。唯一分かるのは、坂口と考えた改善案は、情報技術の活用という観点が考慮されているが、木村の資料にはその観点が含まれていないということだけだ。そして、よく考えもしないまま、伊東は取りあえず口から出る言葉を並べ立てた。

伊東 「え、え、ええーっと、この件って、こんなに細かく決めないといけないほど、優先度が高い問題なんですか? そんなに大した問題じゃないような気がするんですけど……」

岸谷 「なにぃ?」

伊東 「それに、この資料を見ると、改善フローにはIT活用が考慮されてないですよね? あ、あの、ITをうまく活用すると、なんかこう、もっと良い感じに改善ができるんじゃないかなーなんて……。そういうわけで、え、ええと、ええと、申し訳ないんですが、今日のところはぼきゅの資料で説明させてもらいたいんですけど……。ほら、いまどきの会社員の三種の神器は、英語・会計・パソコンとかいうじゃないですか。ITをうまく使いこなせないっていうのも、時代遅れですし」

岸谷 「時代遅れで悪かったな!!」

 先ほどまでとは打って変わった低い声でひとにらみされて、途端に伊東は身をすくめてしまった。集まった配送センターのメンバーも、冷たい表情で伊東を見ている。

伊東 「(ひ、ひえ〜! どうして〜!?)」

岸谷 「ウチはな、いきなりシステム導入っていわれても、戸惑うような『時代遅れ』の連中ばかりだ。でもな、少しでも作業のミスが減るなら、楽になるならって、なんとかお前さんたちの話を受け入れようとしてるんだよ! 木村の資料は、そういう連中向けにITなしでどこまで改善できるかってことを整理してる。いいか、この資料は、配送センターから出てきた知恵の結晶だ! 坂口はな、現場の声にちゃんと耳を傾けてたぞ! 俺たちのやり方を尊重して、そのうえで俺たちのメリットを考えてくれてた。お前、なんか勘違いしてないか?」

伊東 「わ〜ん、しゅ、しゅ、しゅみまっしぇん!!」

岸谷 「それからな、お前さん、去年のロートンさんのトラブル、坂口から聞いていないのか? いいか、物流ってのはな、『物が流れる』って書くんだ。物ってなんだ? 商品だ。流すってなんだ? 商品を在庫管理して、お客さまのところへ流すんだ。俺たちのミスは、すぐにお客さまからのおしかりにつながるんだよ! だから、お客さまの声に応えられるよう、これだけの案を作ったんだ! ろくに見もしないで、知ったような口を聞くようなヤツとは話したくもない! とっとと帰れ!」

伊東 「ぼ、ぼ、ぼきゅが悪かったですぅ〜。ま、待ってくださ〜い!」

 岸谷をはじめ、打ち合わせに出ていたメンバーは、次々と席を立って仕事に戻ってしまった。

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