プリンティングガバナンス、問題点とその背景ネットワーク時代のプリンティングガバナンス(2)(2/2 ページ)

» 2008年03月11日 12時00分 公開
[向井 俊一,@IT]
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プリンタが統治しにくい技術的理由 − 「バベルの塔」の物語

 旧約聖書・創世記第11章に「バベルの塔」の物語があります。かいつまんで説明すると、こんな話です。

 このころ同じ言葉を話していた人々はシナルの平野に集まり、れんがとアスファルトを用いて町と塔を作ることにした。彼らはいった。「天まで届く塔のある町を建て、わが名(名誉)を挙げよう。そして全地のおもてに散るのを免れよう」。

 主は降って来て、塔のあるこの町を見ていった。「彼らは1つの言葉を話しているから、このようなことをし始めたのだ。直ちに彼らの言葉を混乱(バーラル=ヘブライ語)させ、互いの言葉が聞き分けられぬようにしよう」

 こういうわけで、この町の名はバベルと呼ばれ、人々は全地に散っていった。


 なぜここで突然「バベル」の話を持ち出したかというと、企業におけるプリンタの状況がこの物語に似ていると考えるからです。

ワールドワイドの“根本分裂”

 前述のように1970年ごろの企業内印刷は、メインフレーム+システム・プリンタによって行われていました。使われるプリンタ言語はプリンタを制御するチャンネル・コマンドを含んだホスト系のテキスト文字コード(例えばEBCDICコード)で、システム・メーカーはその言語で印刷できる専用システム・プリンタを提供していました。その時代には(システム・メーカーごとに多少異なるものの)プリンタの言語は1つだったのです。

 その後、1970年代後半になると“パソコン”が登場します。現在のMacintoshの元祖に当たるApple IIが1977年、Windowsパソコンといわれるマシンの先祖であるIBM PCが1981年の登場です。この系統のシステムではプリンタ言語としてASCII(American Standard Code for Information Interchange)のコード体系が使われました。そこでこのマーケット向けにASCII系のプリンタ製品がプリンタ・メーカー各社によって、多数開発・販売されました。

 ASCIIのプリンタ言語や文字コード体系は、メインフレーム系のプリンタ言語や文字コード体系とはまったく異なっていてシステム・プリンタとASCIIプリンタに互換性はありません。ここにシステム系とPC系のプリンタでは言語がまったく違うという最初の問題が芽生えました。しかし、当時はまだメインフレーム系のプリンティングとWindows系のプリンティングは、それぞれ独立した分野で使われることが多かったので大きな問題にはなりませんでした。

 それに続いて、プリンタ言語のPDL(ページ記述言語)化が問題を広げることになります。1980年代に入ってレーザーやインクジェットなどのテクノロジの発達とともにプリンタが高解像度化され(後年にはカラー化されます)、それに併せて各社は新しいPDLの開発を進めました。メインフレームではIBMのAFPDS(Advanced Function Presentation Data Stream)が代表例です。パソコン用オフィスプリンタの分野ではヒューレット・パッカードのPDLであるPCL(Printer Control Language)が先行して定義され、かつ同社が欧米のASCII系レーザープリンタ市場を寡占していたという事情もあり、米国では各社のプリンタも含めてPCLが業界標準的に使われるようになっています。また、Macintosh用のレーザープリンタ「Laser Writer」に搭載されていたアドビシステムズのPostScriptも普及し、特に印刷デザイン・商業印刷の世界で独自の地位を築いています。

日本の“お家事情”

 このように、1980年代はメインフレーム(IBMとその互換機)しかなかった世界にパソコンが登場※し、これに伴ってプリンタの世界で「バベルの塔」現象が起こりました。といっても欧米では、ASCII系プリンタ言語はPCLに収斂(しゅうれん)しました。ところが、日本のプリンタ市場はそのようにならなかったのです。

※編注:細かくいえばミニコン、ワークステーションなどもありますが、ここでは事務機械について論じています。また日本にはオフコン(オフィス・コンピュータ)というカテゴリがあり、分裂を助長しています。

 そうなった理由の1つは、もともと1970年以前のコンピュータシステムには漢字の表示・印刷という概念がなく、日本で漢字印刷のための独自機能開発が進められたことです。大型機では1970年代、パソコンでは1980年代にはコンピュータ本体も独自仕様のものがありましたが、やがてこれは世界統一仕様に移行していきます。しかし、プリンタは日本独自仕様という伝統がいまに続いているのです。

 しかもレーザープリンタの小型化、普及がこれに拍車を掛けます。レーザープリンタの持つ機能を活かすため、メーカー各社はそれぞれ各社独自のPDLを定義しました。キヤノンのLIPS、リコーのRPCS、エプソンのESC/PAGE、京セラのPrescribe、IBMのPAGESなどがその例です。

 Windowsシステムに関しては、各メーカーとも第一にドライバを供給していますし、Windowsのプリンタ・ドライバがPDLの差異を吸収する仕組みになっているため大きな問題はありません。しかし、UNIXやメインフレーム、IBMのi Seriesなどから印刷出力では、各社のプリンタをフレキシブルに使い回すのは容易でないという状況です。

 このような歴史を経て日本のプリンタ利用環境では、ホストシステムやプリンタ・メーカーごとに言語が異なるという状況が生まれました。これがプリンティング管理を行うときに大きな障害となっています。すなわち、システムやアプリケーションによって使えるプリンタが異なり、それぞれに専用プリンタを用意しなければならなかったり、逆にプリンタが替わると利用者のローカルPCのプリンタ・ドライバをすべて変更しなければならなかったりといった状況になったわけです。

 以上、ネットワーク時代のプリンティングガバナンスに関する現状の問題点とその背景を述べてきました。それではどのようにそれを解決したらよいのでしょうか。次回は、現代の企業におけるプリンティング・システムのあるべき姿を考えることから始めてみましょう。

Profile

向井 俊一(むかい しゅんいち)

LRSジャパン 支社長

1976年に日本アイ・ビー・エム株式会社に入社。以来、約20年にわたって同社開発研究所でソフトウェア技術者として、後年は開発本部長として同社の日本市場向けプリンタ製品の開発に従事。IBMプリンタ製品 25機種以上の開発に貢献した。1997年からは先進ソフトウェア・ビジネス開発など、ソフトウェアのマーケティング・マネジメント専門職(ICP-MM)を経験。2005年10月、LRSジャパンの発足と同時にLRS(Levi, Ray & Shoup, Inc.)に入社し、2007年6月より現職。現在はLRSジャパンの責任者として、同社のソリューションの国際的マーケティング活動にも意欲的に取り組む。日本におけるプリンタの市場や技術に精通するほか、CIM-UK認定マーケティング・マネジメント、英検1級、通訳案内士などの資格を所有する。


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