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» 2008年09月25日 00時00分 UPDATE

GRUB開発者、Nexedi CTO:オープンソース開発者 奥地秀則氏のパーソナルヒストリー(後編)

[垣内郁栄,@IT]

 すでにITシステムの中で欠かせない存在となっているオープンソースソフトウェアを開発するのは世界中の開発者だ。GRUB開発者として著名な奥地秀則氏は、オープンソースのERP「ERP5」を開発、提供するフランスの企業、NexediのCTOとしての顔も持つ。6月にはNexediの日本法人を設立、経営者としても活躍する。奥地氏がこれまで経験したこと、考えてきたことを聞いた(前編はこちら)。

――GRUBについてはどういう経緯で。

 GRUBはHurdから来ていて、もともとはHurdで使うことを主目的に作られました。Erich Stefan Boleynが原作者なのですが、彼は当時インテルにいて、いろいろと面白いことを考えていました。彼の当時の夢の1つがマルチブートで、ある規格を作ってブートローダとOSの間のプロトコルをはっきり決めようと考えていました。

 彼は同時にある程度身近なものについては独自の規格でもサポートしようとしていました。 HurdはそれでMultiboot Specificationに準拠して開発していました。

 当然、最初はHurdのユーザーしかいなくて、Hurdのユーザーの要求に応じて開発していたのですが、あるときHurdの注目度が上がって、特に日本からの貢献者が増えました。ユーザー数に応じて要求が増えたのですが、Erichさんは本業が忙しくなってしまったのです。手に負えない状況なのに、自分でいったん始めたプロジェクトなので「やります」と言うのですが、結局はできない。

 そういう状況にしびれを切らして、Hurdで一緒に開発していたGordon Matzigkeitに「いっそのことのこと、フォークしてしまおうよ」とサジェスチョンをしました。ただ、Gordonは穏やかな性格なので、これまでGRUBはErichのプロジェクトでGNUとは独立していたのですが、これをGNUの公式プロジェクトにさせてもらって、開発者も幅広く集めて開発をしようではないか、とErichさんをうまく説得したのです。Gordonはソフトウェアコンサルタントなので、そういう説得はうまかったのです。

 GNUのプロジェクトになった後、Erichは時間があまりなくて関わりが少なくなってしまいました。GNUではGordonが公式管理者で、私もコントリビュートしながら開発しました。自分は言い出しっぺなのに、自分で公式管理者をやろうとまでは思っていませんでした。

 私はHurd、Machの開発をやりたかったので、GRUBは補充ツールだったのですね。しかし、Gordonががんばっているのにと少し責任を感じる部分がありまして……。放っておけなくなってコントリビュータとして関わりました。

――コントリビュータとしての仕事は。

 当時は足らないと思える機能をひたすら追加し、バグを直していました。一般的なプログラマの仕事ですね。違いは人に言われてやるのではなく、自分で足りない機能を仕事としてやっているということです。どんどんやっていましたね。それが22〜23歳。1998年くらいです。

 GRUBの大部分のコードは私が書いていました。なのでGordonにはよく、「面倒な役割は自分がやるから、好きなことだけやればいい」といわれていました。Leading Developerと呼ばれていて、GNUの公式の立場は持たないながら、実際の開発は中心としてやっていました。

 GRUBはシェアの拡大という意味では自分でも想像できないほど成功したと思います。当時の自分は普通のユーザーでも使えるソフトウェアにしたいと考えていて、途中からGRUBに本腰を入れました。自分の思いが入り始めて、さらにいろいろな事を考えるようになりました。当時はGRUBのインストール自体が難しく、変えないといけない、もっとユーザーに優しいものにしないといけない、それは結局、回り回って自分のためになると思っていました。GRUBを中心に活動して、インストールやユーザー・インターフェイスをよくしたり、ドキュメントを書く作業もほとんどやりました。自分でマニュアルを書くのですが、メールの読み書きで多少の慣れはあっても本業は英語を話す仕事ではないので、非常に大変でした。すごくいい勉強になりましたね。

――大学院以降は?

 そこでようやく、趣味と本業がくっつきます。結果論だけ言うと2002年度の「未踏ソフトウェア創造事業」にかかわって、GRUBの開発を進めました。

――その後にNexediが出てくるわけですね。きっかけは?

 自分でもそのきっかけをはっきりと言えないのです。いろいろなことの積み重ねとしかいえません。人のつながりだけでいうと、自分の所属していた大学院の研究室にポスドクのフランス人がいました。彼と親しくしていて、彼の友人が会社を始めて、人を探していると。もしも就職をする気があるんだったら紹介するよ、とずいぶん前から言われていました。

――そのフランス人がNexediの人?

 いえ違います。その人は単なる友人です。フランス人の面白いところだと思うのですが、エリートコースの人は割といろいろなことをやります。日本人では数学をやっている人は俗世間を超越しているようなイメージがありますが、フランスでは数学者出身の政治家や高級官僚がとても多い。その友人は本来の職業はどちらかというと数学的な職業なのですが、経営学も学校で勉強していたのですね。実はそこの同級生がNexedi CEOのJean-Paul Smets(ジャン=ポール・スメッツ)だったのです。

 最初は就職の話にはぜんぜん興味はありませんでした。当時、自分はバイオインフォマティクスを研究していましたからね。しかし、未踏をやっている時に一度話をしてみたいなと思いまして。ちょうど、その友人がフランスに帰るときでお別れ会があり、本来はその人のお別れの話なのですが、自分の就職の話をしていました。それで、だったら紹介してあげるということになりました。

 当時Nexediは始まったばかりで、CEOのスメッツと、彼を除けばトレーニーという研修生が何人かいるだけでした。実際に働いているのはCEOだけで、「人が必要で大変な状況だ」「いつ来てくれるんだ」と何度も言われまして、2003年に入社しました。実は正社員の第1号は私なのです。

oss_okuji03.jpg Nexedi CEOのジャン=ポール・スメッツ氏

――いきなりフランスというのはどうでしたか。

 オフィスはフランスのリールの一部、Marcq-en-Baroeul(マルク・アン・バロール)にあります。海外に住む人はみんなする苦労だと思うのですが、言葉や生活習慣、食べ物のほかに、外国人として暮らすというだけで行政上の違いもあるので苦労しました。例えばその国の人間であれば行っていけないところはないのですが、外国人だと常に許可の問題があります。

 Nexediはかなり変な会社なので、フランスの会社にしては珍しく社内で英語が多用されます。フランス人同士だとフランス語で会話することが多いですが。私は向こうに行ってからフランス語を学びました。

――ビジネスが拡大してきたわけですね。

 社員はいま、たぶん20人です。しばしば出入りもあるのでよく分からないのです。独立したけど、Nexediと仕事をしているとか、いろいろな人がいます。日本人が最初の社員というように、かなりマルチナショナルですね。いままで一緒に働いてきた人の国籍は、フランス、日本、ドイツ、ブルガリア、ブラジル、カメルーン、セネガル、インドなどです。

 社員に占める技術者の割合は極めて高いです。しかし、最近はセールス担当の人も入社しました。CEOはもともとエンジニアですが、マーケティングの人、会計士の人もいます。その会計士がすごいマニアックな技術好きなのですが。

 日本でいうエンジニアとフランスのエンジニアには違いがあると思います。日本でのエンジニアはモデリングをやらない、いわゆるコーダ―が多い。プログラムができない人もエンジニアに含まれ、「エンジニアは仕事ができない」というイメージが付いてしまったのかもしれません。

 フランスのエンジニアは本当に実務でできる人というイメージです。もちろん、日本とフランスのどちらがいいという話ではありません。フランス人は現場で使える技術にだけ興味があって、理論面での研究が抑えられている面もある。日本人は理論的なところを踏まえて応用を考える力が強いような気がします。

――日本人の方が基礎的な能力は高い。

 そうですね。

――日本で閉塞感を感じているエンジニアもいます。

 それは自分がやりたいことをやるしかない。自分の人生なので、自分の価値観に基づいてやるしかない。なのでどうすればいいかを私の口から言うのは、おかしいと思います。

――今後、Nexediで働きたいという日本人に対してのメッセージは。

 この点については弊社の採用情報ページで熱烈に書いています。Nexediの存在価値はソフトウェアが自由であることと無縁ではありません。もし、自由でなくなったらERP5である理由がなくなる。その価値が半減します。オープンソースにちゃんと情熱を持って取り組める人でないと、おそらくどこかでうまくいかなくなる。逆に熱意を持っている人だったら、Nexediという会社は環境としては面白い会社だと思っています。

oss_okuji04.jpg Nexediのオフィス

――面白い環境とは。

 1つは自分の思いと相反することをやらないで済むのが大きい。弊社の塩崎量彦は「自分がやりたくないことをやらないで済む、自分のやりたいことがやれる」とよく言っています。オープンソースが本当に好きな人はプロプライエタリ製品のためにコントリビュートするのは、どこかもどかしい感じがして、好ましく思えない人もいると思います。

 もう1つは同僚の中に技術力の高い人がたくさんいること。Nexediぐらい成熟した会社でエンジニア率がこれほど高い会社はない。会社の中でエンジニアの言葉が通じないというコミュニケーション上の問題が発生することもない。会社なので、つまらない仕事は、なくはない。しかし、常に面白い仕事をやろうよという気持ちを経営者を含めてみんなが持っています。

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