スプレッドシート統制は、手を抜きつつまじめに楽して実施スプレッドシート統制(後編)(2/2 ページ)

» 2009年07月16日 12時00分 公開
[村中直樹,クレッシェンド]
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システムがブラックボックス化した

 全国に多くの拠点を持つB社は、Excelに詳しい社員が本来の業務の傍ら構築した自動集計システムを使い、各拠点からの営業報告を本部で集計している。主な機能は、各拠点のための営業日報入力支援、本部への日報データ送信機能と、本部が使用する営業日報ファイル自動集計機能である。

 ところが、このシステムを作った担当者がほかの部署へ異動となった。このシステムには資料が一切なかったので、後任への引き継ぎは、システムを作った担当者が異動前に、後任者の前で実演しながら概要を説明したのみだった。こうして、新担当者の元に半ばブラックボックス化したシステムが残された。

 引き継ぎ後しばらくして、障害が2件発生した。

 まず、新年度になった途端、日報の登録ができなくなってしまった。これは何とか新担当者が丸1日かけて原因を見つけることができ、対策を行った。

 次に、本部での集計機能の不具合が見つかった。新年度から追加された拠点を反映していなかったのだ。だが、新担当者の主な担当業務は、本来このシステムの保守ではない。本来の業務の片手間で対応するには限界だった。B社は、スプレッドシート統制に対応するどころか、日報集計などの日常業務もできない状況になってしまったのだ。

B社の問題の原因は?B社の問題の原因は?

 B社の自動集計システムがブラックボックスしてしまった原因は、主に3つあった。

 1つ目は、システムについて解説した資料(文書)がなかったことである。

 ただし、開発者の本来の業務がスプレッドシートによるシステム構築ではない場合、プログラムの全体構造や設定個所についての詳細な資料を残すには、自動的にドキュメントを作成するツールを導入でもしない限り難しい。B社に限らず、こうした事例は後を絶たないだろう。

 2つ目は、運用ルールを記した手順書(これも文書)がなかったことである。特に定期的に発生する処理の手順書がなかったことが混乱を招いた。

 3つ目は、スプレッドシートによるシステムの運用が特定の個人に属人化してしまったことである。業務の属人化は、ブラックボックス化を招く原因となる。

B社がすぐにできる対策は まず、営業日報の集計を行うため、業務を中断してロジックをトレースし、拠点の追加処理を行った。これで、日次処理はいままでどおりに行えるようになった。

 その際、拠点追加方法についての手順書を作成した。これで、来年以降も同様の手口で対応できるので、年次処理の不安がなくなった。

B社のスプレッドシート統制の対応準備 B社の日報自動集計システムは、スプレッドシート統制の対象となり得ることを知り、対応に向けて準備を行いたいと考えた。監査時に役立つ文書化の手順と、いまからでもできる運用のコツをご紹介しよう。

内容の解説資料を作ろう(7の文書化)

 システムが完成して運用を開始したら、処理手順についての簡単な資料を作ろう。その後は改訂する都度その目的と修正個所を記録しておこう。逐一資料を残すことが大切なので、内容は必要最低限で十分だ。

 この際、わざわざ別に資料を作ると、後になって探すのが面倒ということになりかねないので、簡易だがファイルのプロパティ欄に直接メモを残す方法がお勧めだ。

改編手順書を作ろう(7の文書化)

 毎年発生する改訂処理などは、その目的と対応手順を記録しよう。スプレッドシート統制に対応できるだけでなく、翌年以降の生産性が劇的に向上する。

1人で抱え込まず、仲間を作っておこう(コツ)

 スプレッドシートでシステム開発や運用を行う場合は、一緒に行動してくれる仲間を作り、業務が属人的になるのを防ごう。

バックアップのないシステム

 C社の営業部門では、顧客へ詳細な提案資料を作成することで、他社との差別化を図っている。提案書を作成する際は、Excelで数値を少しずつ変更してさまざまなシミュレーションを行い、結果のグラフ・表をMicrosoft Office PowerPointに張り付けるという地道な作業で行っていた。この方法で作成した大量の資料を顧客に提示し、最適な組み合わせを選択してもらうのだ。受注した場合、この提案資料は見積書、請求書へとつながっていく重要なものだ。

 C社では、このような詳細な提案書を用いた営業スタイルが顧客の支持を得て急速に顧客数が増えていたのだが、問題が2つあった。

 まず、シミュレーション用の計算式は例外処理に対応できないので、その場合は式を値で書きつぶして運用していた。が、たまたま似たようなパターンの提案を行う場合に、式がつぶされているのを知らずに流用され、間違ったシミュレーション結果で見積もってしまうことがあった。

 また、顧客台帳には全営業担当者が触れることができるような設定になっていたが、登録内容を変更する際に他人が登録したものを誤った内容で上書きしてしまうというトラブルが頻発していたのだ。

 提案資料の作成と顧客台帳の管理を合わせた本格的なシステム構築を検討したが、資料作成の際の例外処理が多いため、構築費用が少なくとも千数百万円掛かることが分かり断念した。そこで、いままでどおりExcelを使用しながら、顧客情報管理を間違いなく行う方法を探ることになった。

C社の問題の原因は?

 C社のシステム運用の原因は、主に3つあった。

 1つ目の問題は、式を書いたファイルをほかの顧客への提案資料として流用する運用が常態化していたことだ。これを検出するすべがないため、あまりにも数値がおかしい場合以外は、そのままになっていた可能性が高い。

 2つ目の問題は、顧客台帳を各営業担当が直接上書き更新し、内容の正確性が損なわれていたことだ。多くの人がファイルの更新を行えば、それだけ間違いが発生する可能性が高まり、責任の所在もあいまいになる。

 3つ目の問題は、こうしたトラブルが起こった際のリスクヘッジが行われていなかったことだ。せめて顧客台帳のバックアップを行っていれば、間違いが起こってしまった場合でも、以前の状態に復旧(リカバリ)できたはずだ。

C社がすぐにできる対策

 C社は、顧客台帳の更新にかかわる運用方法を抜本的に見直した。

 まず、顧客台帳の更新は総務担当者以外変更できないように設定した。各営業担当は、変更したい内容を別ファイルに記入していったん総務担当者に提出、そこで一元的に書き換えるというルールを定めた。

 次に、万が一総務担当者が顧客台帳を誤って更新してしまったときにも復旧できるように、更新は必ずバックアップを取ってから行うことにした。

 さらに、基本的にいったん提案書作成に使ったシミュレーションファイルは使い回さないようにし、どうしても使い回す必要がある場合のルールを定めた。

C社のスプレッドシート統制の対応準備

 業務拡大を続けるC社は、顧客台帳をスプレッドシート統制の基準に合わせて運用したいと考えた。「C社がすぐにできる対策」を実施したことで、あと一歩で対応できる状況ではあったが、アクセス制限の整理やバックアップの仕組みづくりなど、3つの準備を行った。

重要なファイルは、誰もが触れる場所に置かないようにしよう(2のアクセス管理、6のデータの完全性とセキュリティ)

 顧客台帳などが誰でも使える状態にあれば、誰が変更しても不思議はない。変更の場合に承認プロセスを必要とする重要なファイルは、フォルダ単位で読み取り専用に設定するか、スプレッドシートの機能で「読み取りパスワード」「読み取り専用」にしよう。

自動&世代でバックアップを取ろう(4のバックアップ)

 例えば、毎日1回ずつ5回分のバックアップを取っておけば、間違いに気付いても1週間以内であれば、リカバリすることができる。

 Windowsの「タスク」の仕組みを使えば、自動的に実行することも可能だ(Windows XPなら、アクセサリ→「システムツール」→「タスク」)。なお、この設定をしておけば、PCが突然壊れた場合もリカバリ可能だ。

重要なファイルは、承認を得てから入れ替える(3の変更管理)

 顧客台帳などの重要なファイルを変更する場合は、オリジナルファイルにいきなり手を加えるのではなく、まず別のフォルダなどへコピーしてから変更し、上長など第三者の確認(承認)後、オリジナルファイルと入れ替えるようにしよう。このとき、どこが変更されたかは必ず記録に残し、承認者が何を根拠に承認したか、何から何へ変更したかなどが後から分かるようにしておくとよい。これは、スプレッドシート統制における監査に利用できる。

誤った運用で走り始めても正しい方向へ修正可能

 3社の事例を紹介したが、各社ともスプレッドシート統制に対応できる状態に近づきつつある。いったん誤った運用で走り始めてしまったとしても、正しい方向に修正することは難しいことではない。

 スプレッドシートの統制対策には高度なテクニックは不要であり、簡単なことを日々積み上げることが大切である。

 ここで紹介した内容は、いずれも高度なノウハウや面倒な作業を伴うものではないが、準備段階では非常に有効である。このように、継続できることを優先に、ぜひ、個々の企業に合ったスプレッドシート統制に対応できる運用を見つけていただきたい。

著者紹介

村中 直樹(むらなか なおき)

株式会社クレッシェンド 代表取締役

システムコンサルティング会社や金融機関を経て独立。現場主導のITにこだわり、Excelによるシステム開発に特化したベンチャー企業を設立。これまでに700以上のシステム構築にかかわる。顧客に上場企業と連結対象企業が多いことから、スプレッドシート統制対策の実績も多い(http://drams.jp)。経済産業省認定システムアナリスト、中小企業診断士。著書に『企業活動トラブルQ&A』(共著、第一法規)などがある。



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