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» 2010年06月21日 12時00分 UPDATE

何かがおかしいIT化の進め方(46):持続可能社会とITシステムはどう在るべきか(後編) (1/4)

[公江義隆,@IT]

地球温暖化問題について考えるとき、これをナイーブに「CO2削減という環境問題」と見るのではなく、より幅広い視点で「資源問題」ととらえ、「全資源を長持ちさせる方法」や「そのための社会の枠組み」にまで考えを巡らせるべきではないだろうか。そうすると、今後の個人の生活の在り方、社会の進むべき方向性、それを支えるITシステムの在り方がはっきりと見えてくる。

地球温暖化問題をどうとらえるか〜前編を振り返って〜

 地球温暖化とCO2削減の動きに関して、現状をサーベイすると、温暖化のメカニズムは科学的に大変複雑であることが見えてくる。温度とCO2濃度の間には相関関係はあるが、“因果関係”の十分な解明にはまだ至っていない。他方には現状の動きに対する批判論もあるが、こちらも説得力ある説明はできていない。

 しかし、科学的には未解明でも、懸念されている状況が起これば、人類文明にとって大問題である。「温暖化とCO2の関連性を認めて、CO2排出削減に各国が協力して取り組もう」という政治的合意の下で、IPCC(Intergovernmental Panel on Climate Change:気候変動に関する政府間パネル)やCOP(Conference of the Parties:各国政府間の国際会議)など、国連下の活動が始まった。

 しかし、CO2排出削減の取り組みは、政治問題として、その背景にあるさまざまな利害関係者の思惑を踏まえ、立場に大きな違いがある各国間の調整ができなければ各論は進まない。

関連記事(@IT情報マネジメント 「何かがおかしいIT化の進め方」)
「科学の問題から、科学の衣をまとった政治の問題へ」(第45回/2ページ)
「リベラリズムとリアリズムのはざまで」(第45回/3ページ)

 COP15では各国の利害がぶつかり合い、暗礁に乗り上げる結果となった。国益の厳しいぶつかり合いが国際政治の場なのである。各国は自国に無理のない削減目標を出してきた。一方、世界に突出したCO225%削減目標を掲げても日本の存在感は全くなかった。

 「25%」を引っ込めれば国際的信用はさらに失墜し、日本がこのまま進めても世界のCO2は減らない中で、日本の国際競争力だけが極度に下がり、日本国民と日本企業だけが塗炭(とたん)の苦しみの淵に立たされることになる。

 いま、多大な人口を抱える新興国が急成長する中で、資源の争奪と価格高騰が始まっている。 天然資源は有限なのだ。かつて、「資源をはじめ、種々の制約から人類社会はやがて限界に達し、放置すれば衰退に向かう」としたローマクラブ(注1)のレポート「成長の限界」があった。 CO2は資源の使用により発生するが、CO2削減がターゲットでは対象がエネルギー資源に向かいがちだ。


注1: 1960年代の終わりから1970年代にかけてエコロジーブームがあった。そうした中、資源問題、人口問題、環境問題など、世界規模のさまざまな問題に対応することを目指して、イタリア人の実業家であり文化人であったA.ペッチェイ氏らによって設立された民間団体。


 問題を、ナイーブに「CO2削減という環境問題」と見ていては方向を間違える。食料、水、鉄鉱石、希少金属、希土類などを含め、すべての資源の「確保」「使用の抑制と効率化」「リサイクル」「それらのための技術開発」、さらにはそれらの在り方を左右する「社会の仕組みの再構築」「お金と物の“量”を重視する、18世紀来の西欧文明の在り方の見直し」までも含んだ、大きく複雑な問題としてとらえなければならない課題なのだ。

 なお、本連載の第45回において、地球温暖化の問題に関して、言葉不足のため誤解を招きかねない部分があったことをこの場でおわびしたい。冒頭で述べたように、現在「地球温暖化の原因はCO2にある」とする説、「そうとは言い切れない」とする説が並存するが、本論の真の目的はそれらを検証することではなく、「地球温暖化により、いま懸念されている数々の問題」に対して、われわれはどう対応していくべきかを考えることにある。そのことを後編を通じてあらためてご理解いただければと思う。

制約の下での社会システムの挙動

 天然資源はいずれは枯渇する。一般論としては知っているつもりでも、われわれは日常的には、それを意識した行動はしていない。しかしその時期は「今世紀中」という、にわかには信じられない早い時期にやってくる可能性がある。資源の枯渇はある日突然起こるのではなく、価格の高騰(注2)や、資源輸出国と輸入国間のパワーバランスの変化、輸出国によるいろいろな形での資源輸出の制限、輸入困難・枯渇、世界的な資源権益争奪戦といった形で起こってくる。その兆候がいま、方々に現れつつある(注3)。


注2: 価格の高騰は、発見確率が下がる「資源探索」や、そもそもコストが掛かる「深海での採掘」などにおける実コストの上昇に、需給関係が反映されて引き起こされる。

注3: 例えば、原油価格はこの10年間で約3倍になり、リーマンショックでいったんは下がったが、その後またじわじわと高騰を始めている。新日鉄は2010年度購入分の鉄鉱石の価格を前年の190%で契約した。同じく原料炭も5割アップするという。また、ニッケル、コバルト、リチウムなど稀少金属、希土類の開発利権の争奪が世界各地で激化している。


 一般に、「何かが制約されている状態」では特徴的な現象が起こる。1つは「ある問題と、いままで無関係と思われていたほかの問題との間に、何らかの関連が生じてくる」こと、もう1つは「そうした大きな構造変化が、常に弱者へのしわ寄せを生む」ということである。制約状態とは、「広がることなく、一方的に小さくなっていくパイの奪い合いが起こる状態」だ。片方が多くを取れば他方の取り分は減る。厳正に社会ルールが整備されていないと、腕力勝負が顕著な世界になる。

 例えば企業経営でも、全社的に余裕がない状況にあるとき、ある部門が予算を増額すると、他部門の関係のない予算が削減される。その場合、割を食うのは弱い立場にある部門だ。家庭内でも多くの場合、しわ寄せは弱い立場の夫や父親に降りかかってくる。

 いま、このような現象が社会の随所で起こり始めている。例えば、エネルギー問題対策であるバイオ燃料生産が、食用/飼料用トウモロコシの不足という食料問題に影響を与え、さらに気候変動とあいまって、経済力のない発展途上国に飢餓という影響を与えた。CO2削減問題でも、電気自動車用電池などの原料となるリチウムや、モーター磁石に用いられる稀少資源の争奪戦や価格高騰が加速し、力のない国や企業を締め出してゆくという事象が起こっている。

 こうした制約条件は、国家間にも新たな格差を発生・拡大させる。国の力、つまり軍事力/外交力/政治力/経済・技術力/文化と、これらの源である国民の意識次第で国際社会における国の立場が決まる。

 かつて「政治は二流でも、日本の官僚は一流」と言われた時期があった。「経済だけは一流」と言われた時期があった。そしていま、「技術は一流」と多くの人は思っている。本当にそうだろうか。昨今の日本は、残念ながら、国内政争に明け暮れ、国家ビジョンなき素人政治によって、このごく短期間に大きく国力を失った。“現実”は耳ざわりの良い話にすがっていられるような状況ではすでになくなっている。“ジャパン・パッシング”は、日本が力のない、頼りにならない国として国際社会から相手にされないことにほかならない。国民が本当にしっかりと現実を直視し、覚悟しないといけない。このままでは、日本は世界からも取り残されてしまう。

ティータイム

 構造変革の時期にも格差は拡大する。新しい競争分野はルールが未整備だ。自由に振る舞える環境下では強い者がますます強くなる。


 産業革命を起こし、フランスなどヨーロッパ諸国との競争から抜け出て、19世紀末に世界覇権を確立した大英帝国(イギリス)の19世紀の産業革命時、都市労働者の平均死亡年齢は16歳だったという(資本家階層は45歳)。家族全員が働かないと食べていけない低賃金であったため、量産に走る炭鉱、新産業の主役であった繊維工場などでの劣悪な作業環境下で、4歳の幼児や産後1週間もたたない女性が休みもなく、日に14〜15時間も働かされ、栄養不良や感染症がまん延していたという。


▼参考文献は「感染症は世界史を動かす」(岡田晴恵=著/筑摩書房/2006年2月)


 ロンドンを訪れたカール・マルクスが「資本論」を書くきっかけとなり、チャールス・ディケンズが「クリスマス・キャロル」を著した時代である。歌でも有名だった「霧のロンドン」は石炭のスモッグが原因であった。約1世紀遅れて日本にも「女工哀史」「蟹工船」の時代があった。直近では、グローバル化とIT革命といった変革の中でも同様のことが起こった。なぜIT業務の現場の多くが“3K”になったのか、その原因と背景を考えてみてほしい。


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