とにかく「データが足りない」フィジカルAI AWS支援プログラム採択各社が示す突破口

 「まずデータが足りない。全世界どこを見渡してもデータがない」――アマゾンウェブサービスジャパン(以下、AWSジャパン)が8月31日に開催した「フィジカルAI開発支援プログラム」の成果報告会で、採択企業の一つであるHighlanders(東京都豊島区)の増岡宏哉CEOはこう訴えた。

 同プログラムは、ロボット基盤モデルなどを開発する国内の企業・団体を支援する取り組みだ。1月の発表時に、総額600万米ドル(約9億円)規模のAWSクレジット提供や専門家による技術支援を掲げ、選考を行い51社を採択。3月から約半年間の支援を経て、各社が成果を発表した。

 登壇したのは、創業1年未満のスタートアップから創業400年超のゼネコンまでと幅広い顔ぶれ。多くの企業が語ったのは「データ不足」との格闘だった。

採択企業各社の登壇者ら(撮影:筆者)

LLMとは違う「データの壁」

 なぜフィジカルAIはデータに飢えるのか。大規模言語モデルは、Web上のテキストなど既存のデータから学習できた。一方、ロボットを制御するAIモデル「Vision-Language-Action」(VLA)をはじめとするロボット基盤モデルには、カメラ映像や関節の動きが欠かせない。用途によっては物をつかむ際の力加減や触覚といったデータも必要になる。

 “現場”を持つ企業ほど、収集の難しさを痛感している。採択企業の一つ、竹中工務店は建設現場の塗装作業をロボットに学習させようとしたが、現場は慌ただしく危険も伴うため「データが圧倒的に取れない」と振り返った。そもそもローラーなど建設道具の3Dデータが見つからず、学習環境を整える段階からつまずいたという。シミュレーション上での塗装の成功率は現時点で10~15%程度。壁の高さを物語る数字だ。

 ヒューマノイド「D1」を8月に発表したZEALSの清水正大CEOは、米中との比較から日本の立ち位置を語った。「AIモデルは米国が、ハードウェアの量産は中国が明らかに一歩先を行く。じゃあ日本には何があるのか。僕は、現場があると確信している」。人手不足でロボットを求める現場こそが、データの源泉になるという見立てだ。データ収集には現場で実際に稼働できる機体が要るが、日本の屋内の狭い通路を通れて、人と同じ空間で安全に動ける機体は見つからなかったため、採択時点では他社製ロボットを活用していたが、自社機体の開発に踏み切ったという。

会場に展示されたZEALSのヒューマノイド「D1」(撮影:筆者)

データを「作る」

 採択各社が挙げた、データ不足の解決策の一つが「データの生成」だ。

 AI開発用データを専門に手掛けるFastLabel(東京都新宿区)は、シミュレーションによるデータ生成に挑む。ロボットの遠隔操作で作成した90パターンの動作データを、シミュレーション上で約100倍の1万パターンに拡張。実機データと混ぜて学習させたところ、タスク成功率が実機データのみの場合と比べて平均14.2%向上した。データ構築の費用と性能の関係も定量化し、シミュレーションで収集コストを下げられる可能性を示した。

動作データをシミュレーションで100倍に拡張|FastLabel

 竹中工務店は建設道具の3Dデータと、建設現場の映像を基に作成した3次元空間を組み合わせ、米Appleのヘッドセット「Apple Vision Pro」を使って遠隔地からデータを収集できる環境をAWS上に構築した。野村総合研究所は、人間の頭部や手首にカメラを付けて作業を記録したデータをロボット基盤モデルの動作に利用できることを確認。メルカリも、力加減や触感まで記録できる専用機器でデータを収集し、出品・検品作業の自動化を目指す。

 データ収集の専用拠点まで設けたのが、家事の自動化を目指す住宅メーカーのMW(東京都港区)だ。約50台の収集マシンで年間5万時間規模の家事データの収集を始めており、最終的に2.5PB(ペタバイト)の学習データを蓄積する計画だという。

データ収集拠点の様子|MW
収集したデータを開発に利用するプロセス|MW

少ないデータで「済ませる」

 データを増やすのではなく、必要量を減らす工夫も目立った。

 Telexistence(東京都大田区)は、動画生成モデルを土台にした100億(10B)パラメータの軽量モデルを自社開発した。コンビニでの業務を想定したタスクで成功率86%を達成し、大量のデータで事前学習したモデルと同等の水準に達したとうたう。データ量に依存しないモデルを構築できれば、開発の初期投資を抑えられるとみる。

軽量モデルを自社開発|Telexistence

 豆蔵は、ヒューマノイドによる板金部品の整列作業で、制御する関節を作業に必要な10個に絞った。全身の関節を使う場合は一般に2000パターン以上の動作データが必要とされるところ、わずか43パターンで全身制御を実現。さらに「全てをVLAで解決しようとせず、ルールベースと補完し合う構成が現実的」と割り切り、部品の取り出しは従来プログラム、整列はAIという分担で高い成功率を達成した。

 リコーは、ロボットの機種が変わるたびにデータ収集と学習をやり直す非効率に着目。機種に依存しない共通の動作表現をあらかじめ学習しておく方式を検証し、モデル規模を約3分の1に抑えても性能を維持できることを確認したという。

「クラウドは不可欠」 支援は次のプログラムへ

 AWSジャパンの白幡晶彦社長は、フィジカルAI向けのデータ収集、前処理から大規模なモデル学習、並列シミュレーションまでを支える計算基盤について「クラウドは選択肢の一つではなく、もはや不可欠だ」と強調する。

 成果は現場にも出始めている。ZEALSのD1は報告会の直前に病院で3日間の実証を行い、院内の案内や運搬などをこなした。2026年度は100台の量産と1万時間の現場稼働を目標に掲げる。

AWSジャパンの白幡晶彦社長(撮影:筆者)

 プログラムを主導したAWSジャパンの針原佳貴氏(プリンシパル スタートアップ ソリューションアーキテクト)は「発表から約半年の間に実際にハードウェアを作ったスタートアップもいる。普通は無理なんじゃないかというレベルのスピード感だ」と手応えを語る。今回のプログラムは終了するが、フィジカルAIの支援は既存の「生成AI実用化推進プログラム」に統合して継続するという。

AWSジャパンの針原佳貴氏(撮影:筆者)

 「データが足りない」という共通の壁に対し、同プログラムは一定の成果を示したように見える。次に問われるのは、「現場で本当に使える」プロダクトに育てられるか、そして事業としてスケールできるかどうかだ。

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この記事の著者

村田知己
村田知己

ITmedia AI+ 編集記者。市場調査会社でのエンジニア職を経て、2022年アイティメディア入社。キーマンズネット編集部、社内のデータ分析基盤構築担当、ITmedia エンタープライズ編集部を経て現職。

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