オフィスの休憩エリア「心は休まらず」? イトーキと松尾研、行動ログから忙しさの正体に迫るAIモデルを構築
オフィスの休憩スペース。仕事で疲れた際にほっと一息つける場所だが、本当に休めているとは限らない──?
そんな分析結果を発表したのは、オフィスデザイン大手のイトーキと、AIの社会実装を手掛ける松尾研究所(東京都文京区)。2社は共同で、イトーキの従業員854人分の行動データを分析し、会議やメール、チャットといった日々の行動が、働く人の心身や人間関係の状態にどう影響するのかを探るAIモデルを構築した。
会議の長さや数、メール・チャットの送受信数、休憩エリアやオフィスの滞在時間などは、従業員のパフォーマンスにどのような影響を与えるのか。調べてみると、通説を覆す結果も現れたという。
生産性分析「2つの壁」
「オフィスは本来、働く人の生産性を上げるためにある」――イトーキでAI開発チームを率いる酒井美帆氏は、研究の出発点をこう説明する。ただし、オフィスや働き方がどれだけ生産性に効いているかをデータで確かめようとすると、2つの壁があった。
一つは、アウトプットに共通の定義がないことだ。売り上げや特許出願数など成果の指標は職種や企業で異なるため、実務ではサーベイによる主観的な指標に頼ることが多い。もう一つは、人事制度や業務ツール、心身の状態など関係する因子が多すぎることだ。「生産性が低い」と分かっても、何を変えればよいかが見えなければ施策につながらない。
そこでイトーキは2025年、松尾研究所(東京都文京区)と共同研究を開始。行動と生産性の相関分析を経て、今回、イトーキ日本橋オフィスで働く854人の匿名化データを使った生産性推定モデルの構築に挑んだ。
モデルは3層構造だ。第1層は行動データの特徴量だ。従業員の位置情報、カレンダーの予定情報、メールやチャットのコミュニケーション情報から、出社時刻や移動回数、会議の数、メール・チャットの送受信数など計70の特徴量を抽出した。第2層は心、体、人間関係の「コンディション」、第3層が能力発揮度の自己評価だ。モデルに従業員の行動データを入力することで、どの行動が、従業員のコンディションにどのように影響を与え、生産性に寄与するのかを推定できる。
時系列の因果探索手法「VAR-LiNGAM」を使い、「今日の行動→翌日の状態」という因果の向きと時間差を推定。職種別に分析し、同じ因果の向きになった従業員の割合が70%以上の関係だけを「効果あり」と判定する。
会議は「長さ」より「数」、忙しさの正体は「受信数」
分析を担当した松尾研究所の大西直氏(シニアデータサイエンティスト)は今回の分析結果を「通説を裏付ける結果」「予想外の発見」「通説の反証」という3点で整理した。
まず通説を裏付ける結果として、「会議が多い日は翌日の心のコンディションが下がる」「作業時間を確保した日の翌日は心のコンディションが上がる」という因果の流れを確認できたという。どちらも「設計・開発・企画」「営業・サービス」「管理」の全職種で同じ向きが見られた。
「会議が多い」の目安は普段より3〜4つ多い程度だとする。会議の総時間や連続性との関係は弱く、効果が大きいのは「数」だった。
予想外の発見は、忙しさの正体がメールやチャットの「送信数」ではなく「受信数」にひも付いていることが示唆されたことだ。受信が多い日は、特に営業・サービス系で当日の組織内の人間関係が下がる兆候が見られた一方、自分から多く送信した日の翌日は、営業・サービス系と管理系で翌日の組織内の人間関係が改善していた。
一方、「返信が遅い従業員は余裕がない」「休憩を取れば心のコンディションが回復する」「長時間オフィスにいるのはつらい」といった通説を裏付ける結果は出なかったという。従業員によって影響の向きがバラバラだったためだ。
酒井氏は、生産性に影響を与えるのが会議の時間ではなく数だと分かれば「会議を短くするというよりは、会議をしなくても進められる仕事のやり方を考えた方がいいのではないか、という発想が生まれる」と、具体的な施策につながる意義を強調した。メール・チャットでも、CCの範囲の見直しなど受信数を増やさない工夫が考えられるという。
サービス化に向けて検証も
両社は今回、推定モデルを構築したことで、従業員サーベイを実施せずに、日々たまっていく行動データをモデルに入力し従業員の生産性を常にモニタリングできるようになったとしている。
もっとも、研究はまだ途上だ。分析は1社1拠点の1カ月分のデータに基づく。会議をオンラインと対面で区別していないこと、学習データの入れ替え頻度が今後の課題であることも明らかになった。何がコンディションを動かすかは組織ごとに異なるため、他社に展開するには顧客ごとにモデルを構築する必要もある。
成果をパッケージ化したサービスの提供時期について、酒井氏は「現時点では公表していない」とした上で、データ活用でオフィス運用を支援する既存の事業枠組み「Office3.0」の中で、一部顧客と検証を始めているとした。
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