第18回 常識的な概念ほど、きっちり定義を考えなければならない実践! 専門知識を教えてみよう(3/3 ページ)

» 2008年09月29日 15時18分 公開
[開米瑞浩,ITmedia]
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「定義」をとことん追求すると理解が深まることがある

 さて、「人によって解釈が違うことを防ぐために定義が重要である」という話はすでにしましたが、実は「定義」が重要である理由はもうひとつあります。それは、

  • 「定義」をとことん追求すると、理解が深まることがある

 からです。特に「分かったつもりで使ってしまう、一見簡単な概念」は、きっちりと定義を考えてみると意外な発見をすることがあります。例えば下記のような会話を見てみましょう。

上田さん 社会人って、どんな人のこと?

藤沢さん 仕事をしている人のことじゃないの?

上田 じゃあさ、無職とか休職中、専業主婦の人とかは社会人じゃないの?

藤沢 えーっと……。

上田 例えば僕の姉、この前まで働いてたんだけど、子供が生まれたんで育児に専念したいってことで、今は専業主婦なんだ。

藤沢 そういう人は社会人だよねえ。じゃ、あれかな、学校を卒業した人ってことかな?

上田 学校と言ってもいろいろあるけど……

藤沢 大学だったり高校だったり大学院だったり、人によって違うけど、卒業してもうそれ以上行かない、という立場になった人は社会人?

上田 なるほどそうだね……。でもさ、一度就職してから、新しい分野にチャレンジしたいってことでもう一度大学に戻って勉強しなおす人って最近増えてるじゃない。そういう人は学生? 社会人?

藤沢 会社やめて大学行ってるんなら、学生……だよね?

上田 でもそういう人を学生と呼ぶのってなんとなく抵抗あるんじゃないかな

藤沢 確かに何か違うような気はするけど

上田 ……社会人の定義って意外に難しいな

 結局この上田さん・藤沢さんのコンビは「社会人」の定義を定めることができませんでした。簡単に思いつく「定義」をしてみると、すぐにその「例外」や「判断に迷う例」が見つかるため、なかなかすっきりとした定義ができないわけです。

 実はこんなときこそ、

  • 理解を深めるチャンス

 です。うまい定義が見つからないと、その問題を別な角度、別な視点から見直すこと、再検討することを強いられます。その結果、なかなか気がつきにくい隠れた意味に気がつくことがあるんですね。

 今回挙げた例の場合、上田さんと藤沢さんがもう少し考えたり調べたりしていると、「社会人」という概念には大まかに2つの意味が重なって存在することに気がついたことでしょう。

 そのうちの1つは下図2のように、子供の成長の延長上にある「大人」という意味の社会人です。この意味の「社会人」という概念は、「大学生」という、子供と大人の中間にあってどちらともつかない時期があるからこそ意味を持つと考えられます。

 試しに図2から「大学生」を削った状態を考えてみてください。高校生までだったら「子供」と呼んで違和感はないはずです。しかし、大学生となると「子供」と呼ぶのはためらわれます。かといって「大人」と呼ぶのも違う気がします。そこで、「社会人」という言葉が意味を持つわけです。

 もう1つの意味の「社会人」というのは、これは例えば「社会的な役割を自覚的に選択した人」といった意味を持ちます。例えば大学生に「どうしてこの大学を選んだの?」と質問しても、明確な理由があってというよりは「なんとなく」とか「受かりそうだったから」といった答えが多いように、社会人になるまでは「自覚的な選択」を迫られる機会は実はそんなにありません。

 しかし、就職するときにはそれでは通用しません。どの仕事をしていくのか、という「自分が社会的に果たす役割」を自覚的に選択し、受け入れて遂行することを求められます。この意味の「社会人」なら、例えば「子育てに専念しようとしている専業主婦」や「就職してから大学に戻って勉強し直す人」も「社会人」と呼べるでしょう。逆に、学校は卒業しても何をするでもなくニート生活をしている人の場合は「社会人」とは呼びにくいわけです。

 同じ言葉が、考え方の違いで異なる意味を持ってしまうケースは実はとてもよくあります。言葉の「定義」を厳密に追求すると、それに気がつくことができるわけです。

 このように、1つ1つの言葉を注意深く、考え方の背景まで認識して使うことが、「専門知識を教える」ためには欠かせません。言葉の「定義」を追求する習慣を持っておきましょう。

お知らせ

 当連載でここまで扱ってきた「専門知識を教える技術」についての本が出版されました! 書名は『ITの専門知識を素人に教える技』(Amazon.co.jp)です。

筆者:開米瑞浩(かいまい みずひろ)

 IT技術者の業務経験を通して「読解力・図解力」スキルの再教育の必要性を認識し、2003年からその著述・教育業務を開始。2008年は、「専門知識を教える技術」をメインテーマにして研修・コンサルティングを実施中。近著に『図解 大人の「説明力!」』


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