前回の「損益分岐点分析」によって、電子書籍ビジネスに乗り出したとしても出版社の現ビジネスモデルは成り立たないことが分かりました。それでは何をどうしたらいいのでしょうか。SWOT分析を使って考えてみます。
前回、既存の出版ビジネスがどのような問題点を持っているか、そして、電子書籍というビジネスモデルの大転換が起こった場合に、出版社のビジネスはどうなるのか、ということを「損益分岐点分析」というフレームワークを使って再度、点検してみました。
そこで判明したことは、既存の書店流通では、書籍は初版を売っただけでは利益が出ず、業界の平均的な返本率のもとでは、常に赤字になってしまう構造です。また、電子書籍が登場した場合でも、返本リスクは回避されますが、価格の低下圧力や競争激化のもとで、現在の高コスト体質のままだと、やはりビジネスモデルとしては厳しいことも判明したのです。
では、一体どうしたらよいのか? その戦略を、おなじみSWOT分析を使って整理してみたいと思います。
一応、ここでSWOT分析のおさらいをしておきたいと思います。SWOT分析とは、戦略を企画立案する際に利用する現状を分析する代表的なフレームワーク。「Strength」(強み)、「Weakness」(弱み)、「Opportunity」(機会)、「Threat」(脅威)の頭文字を取ったものです。
SWOT分析には、さまざまな要素をS(強み)、W(弱み)、O(機会)、T(脅威)の4つに分類し、マトリクスにまとめることにより、問題点が整理され、解決のアイデアを見つけやすくなるという特徴があります。
手順としては、まず市場における新たな「機会」と競合の動きも含めた将来の「脅威」を抽出します。市場環境を分析する視点としては、政治や法律の変化要因(Politics)、経済の変化(Economics)、ライフスタイルの変化など社会的要因(Society)、そしてiPadやKindleに代表される新しい技術の誕生による変化(Technology)の4つがあります。市場を占う、この4つの要因は頭文字をとって、PEST分析と呼ばれます。
次に、社内における「強み」と「弱み」を整理します。「強み」「弱み」は競合に対して、人材、商品開発力(あるいは技術力)、資本力――つまり、ヒト、モノ、カネという経営資源において優位性があるかどうかをチェックします。
最終的には、「強み」をどのように生かして、「弱み」をどのように補って、「機会」をとらえてビジネスを大きくし、「脅威」に備えるかという戦略を打ち立てます。ここまでが、SWOT分析の手順となります。
さて、iPadやKindleといった新しいプラットフォームがもたらす電子書籍の波が、既存の出版社にとって、どのような売上を伸ばす機会になり、逆に脅威になるのかを見ていきます。
まず「機会」です。これまでの音楽コンテンツやゲームコンテンツがそうであったように、価格が安くなり、いつでも、どこでも本を購入することができるようになります。その結果、これまであまり本を読まなかった非顧客層もユーザになりえます。つまり、顧客層の広がりが期待できます。
また、これまで書店をくまなくネットワークしていた営業網は、電子書店では不要になり、出版社の違いも、新作も旧作も、すべてフラットに扱われることになります。これは、営業の弱い出版社にとっては、チャンスです。
そして、販売チャネルは世界につながっています。多言語で作品を作れば、ヒットした時のインパクトは国内の比ではありません。
次に「脅威」。複製や配信にかかるコストが安くなることから、販売価格はかなり安くなるでしょう。本を売る参加者が爆発的に増えると思われるので、当然ながら熾烈(しれつ)な価格競争が繰り広げられるでしょう。これは、現状のiPhoneアプリと近い状況になりそうです。
一方、本を出し、新聞広告や雑誌の書評を狙い、書店の店頭ではPOPで目立たせ……という旧来の販売促進のノウハウは役に立たないかもしれません。Twitter、ブログ、SNSなどソーシャルメディアを有効活用し、効率良くコンバージョン(購入)を得る新しいノウハウが必要になります。残念ながら、こうしたノウハウを持つ出版人はきわめて少ないと思われます。
続いては「強み」と「弱み」です。「強み」は、やはり長年にわたる著者や制作に関わるプロ(デザイナー、校正者など)とのネットワーク、高品質な本作りのノウハウといったところでしょうか。また、電子書籍が出たからといって、リアル書店がなくなるわけではありません。リアル本と電子本の両方で相乗効果を生むような本のプロデュースもできるはずです。そうした意味では、リアル書店流通のチャネルを持っていることもアドバンテージになるでしょう。
反対に「弱み」は、財務体質が弱く、生産性が低いこと。また、商品作りにおいて標準化していることは少なく、きわめて属人的な要因が成功・不成功を左右しています。加えて、電子書籍がボーダレスであることを考えると、金融やIT分野などに比べてグローバリゼーションに対応する人材が少ないのもネックとなるでしょう。
外部環境の「機会」「脅威」、内部環境の「強み」「弱み」の4つが出そろったところで、これをマトリックスに入れていきます。そして、その交点、例えば「機会」×「強み」であれば、「どのようにしたら、強みを生かして機会によって成果を最大化できるか?」という視点で、戦略アイデアを考えていきます。
書店流通を持っていることを強みに、著者に“360度契約”(すべてのメディアに対する包括的な出版権の設定)を迫り、リアル本と電子書籍、それに付随する2次コンテンツを統合的に出版する。
その際、電子書籍は単なるリアル本の電子化ではなく、電子書籍ならではのしかけ、演出を、編集のプロの手によって行う。
レッドオーシャン(競争の激しい既存市場)では、電子書籍の価格が大幅に下がるはず。それでも、誰もが読みたいという人気作家だけは有料でも顧客を十分引き付けられるでしょうから、やはり出版権の確保が重要。
リアル書店流通を持っているため、リアル本購入者に電子書籍を無料で配布するなどあわせワザも考えられます。
読書機会が増え、海外も含めた大きなマーケットに対してビジネスを行うことになりますから、属人的な生産システムの見直しと生産性の低さ、財務体質の改善が必須。特に、国際的に活躍できる人材やeマーケティングなどWebのノウハウを持った人材を確保する必要がありそうです。場合によっては、こうしたノウハウを多く持つeマーケティングの企業との提携も視野に入れるべきでしょう。そうした企業に出資を募る手もあるはずです。
競争激化や価格低下によって、短期的には売上が下がるリスクも高いため、自己資本の増強や、新規ビジネス構築に耐えられる原資の確保が必要となります。
さて、こうして4象限に対して、戦略アイデアを出してみました。最後に、このアイデアをヒト、モノ、カネという企業における最重要経営資源(リソース)にわけて、まとめることで今回は終わりとします。
さて、3回に渡ってiPadやKindleがもたらす電子書籍の波によって、出版ビジネスがどのように変化するか、生き残りのためにどのような戦略をとるべきかを考えてきました。
こうした、新潮流に対して、自分あるいは自分の会社がどのように対応すべきか、は大変重要な問題であり、今後、驚くようなスピードで次々とこうしたビジネスモデルの大転換が起こると思われます。
読者のみなさんも他人事ではなく、「自分ならどうする?」という観点で考えるクセをつけるといいかもしれません。自分の立場に降りかかってきたときに即応できますし、なにより考えを巡らせることは楽しいですから。
知的生産研究家、新規事業プロデューサー。ショーケース・ティービー取締役COO。
リクルートで新規事業開発を担当し、グループ会社のメディアファクトリーでは漫画やアニメ関連のコンテンツビジネスを立ち上げる。その後、デジタル業界に興味を持ち、デスクトップパブリッシングやコンピュータグラフィックスの専門誌創刊や、CGキャラクターの版権管理ビジネスなどを構築。2005年より企業のeマーケティング改善事業に特化した新会社、ショーケース・ティービーを共同設立。現在は、取締役最高執行責任者として新しいWebサービスの開発や経営に携わっている。
近著に『知的生産力が劇的に高まる最強フレームワーク100』『革新的なアイデアがザクザク生まれる発想フレームワーク55』(いずれもソフトバンククリエイティブ刊)、『頭がよくなる「図解思考」の技術』(中経出版刊)がある。
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