携帯電話ビジネスのプロは、なぜソフトバンクに移ったのか──ソフトバンクモバイル松本氏に聞く(前編)Interview(2/2 ページ)

» 2006年10月06日 19時55分 公開
[神尾寿,ITmedia]
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ソフトバンクモバイルでの仕事は「高品質・ローコスト体制」の構築

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 ではなぜ、クアルコムではなくソフトバンクモバイルなのか。そこに松本氏がソフトバンクモバイルで果たす役割が重なる。

 「(私の)ソフトバンクモバイルでの最大の使命は、ネットワーク、端末、サービスのすべてでローコストかつ高品質なものを提供できる体制を作ることです。

 他社やユーザーはいま、ソフトバンクモバイルが価格競争を仕掛けるんじゃないかと固唾を飲んで見ていると思いますが、価格とコストは違いますね。価格は政策であり、コストは事実です。前者は取るべき戦略によってはコストを下回ることもあるし、利益を取ることもある。これは経営であり、マーケティングです。ここに私は関与しません。

 一方、(後者の)コストを下げるための努力をしっかりとしていれば、経営戦略の幅が持てます。ですから私は、ソフトバンクモバイル全体に高品質なものをローコストで実現する環境を作っていきます」(松本氏)

 携帯電話をはじめとする日本の通信産業は、その頂点に立つNTTグループを筆頭に、高品質・高付加価値、高信頼性の実現にコストを惜しまない姿勢を取ってきた。これは携帯電話業界も同様である。

 「(携帯電話産業でも)競争は次第に出てきていますけれど、もともとが独占・寡占的な市場環境からスタートしてますから、ほかの産業ほど(高品質・ローコスト化の競争が)熾烈なものじゃない。こういった体質を引きずるかぎりは価格政策の弾力性が出てこないし、日本のメーカーは世界のプレーヤーになれない。世界のプレーヤーになれなければ量産効果が出てこないから、コストは高止まりしてしまう。

 ですから本来ならば、高品質・ローコストを実現してコスト体質を下げるというソフトバンクモバイルのインタレスト(関心)と、日本メーカーのインタレストは一致するはずなんです。でも今は逆なんですよ。日本(の携帯電話産業)で通用してしまうから、ついその体制で続ける。高コスト体質が変わらないから、世界で通用するプレーヤーになれないんです」(松本氏)

 ソフトバンクモバイル、そして松本氏が目指すのは、高品質かつ信頼性のあるサービスや端末をローコストで実現し、なおかつメーカーがきちんと利益を上げられる環境だ。それは荒唐無稽な画餅とはいえない。自動車を筆頭に、国際競争力を得た日本の産業はすべて「高品質・高付加価値・ローコスト」を実現してきた。

 「ここで重要なのは、コストを下げるというのはメーカーに無理を言って『値段を下げさせる』ことじゃないということです。やり方を変えなければならない。(携帯電話ビジネスの)仕組みを変えていくことで、全体としては高品質でローコスト、しかしメーカーは今よりも利益が出るという環境を作っていかなければならない。利益なき繁忙では、メーカーだって(ビジネスが)続かないですよ。新たな技術の開発意欲だって減退してしまう。

 メーカーが携帯電話事業で利益が出るようにし、キャリアも低コスト化が実現できるようになる方法こそを、我々は考えていかなければならない。現状を変えていかなければならないと思っています」(松本氏)

 ソフトバンクモバイルが口火を切る形でキャリアとメーカーの関係を変えて、高品質・ローコストを実現する。日本の市場環境を変化させて、日本の携帯電話産業を世界に通用するプレーヤーにできれば。「それが私が目指すべき理想」と、松本氏は話す。

松本氏から見たソフトバンクモバイル

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 松本氏は9月にソフトバンクモバイル(旧ボーダフォン)に転職した。これまでキャリアの外から、日本の携帯電話産業に関わってきた“携帯電話ビジネスのプロ”の目に、ソフトバンクモバイルはどのように映っているのか。

 「それはもうカオスですよ。混沌のさなかにあります。しかし、よいものや新しいものは混沌の中から生まれるというのも事実でしょう。決まり切ったものの中からは、大きな革新は生まれない。ただ、これまで社風の違う会社同士が融合したわけですから、異なる文化がまとまるのが大変なのは確かでしょう」(松本氏)

 ソフトバンクは当初、新規参入キャリアとして携帯電話ビジネスをゼロから立ち上げようとしていた。しかし、今年初めにその方針を変えて、電撃的にボーダフォンを買収したが(3月17日の記事参照)、その判断は「正しかった」と松本氏は評価する。

 「携帯電話事業をゼロから始めるか、既存のものを買ってダイナミックに変えていくかという2つの選択肢があったわけですが、後者を選んだのは正しかったと思いますよ。(携帯電話事業を)ゼロから立ち上げていくのは大変です。それに社長が孫さんですから、ダイナミックにすばやく(既存キャリアの体制から)変わっていきますよ」(松本氏)

 そして、その変化はあくまでドコモを超えて「業界1位」を目指すものだ。そこがフットワークのよさでは同じでも、J-フォン時代と異なる点だと松本氏は話す。

 「今から4〜5年前がJ-フォンの黄金時代でしたが、当時のJ-フォンはドコモやKDDIに比べて規模が小さく、大きな後ろ盾もないことから“普通の会社”だった。むしろ、そこが(フットワークのよさなどで)有利に働いたのだと考えています。ドコモやKDDIだと、将来の技術動向や標準化といった前段の部分から大きく構えますが、J-フォンはもっと実質的でマーケティングがうまかった。

 言葉は悪いですが、これは『弱者の戦略』です。ドコモやKDDIは何でもできるが、J-フォンはできない。だから(特定の)マーケットにフォーカスして、一貫した理念のもとで手作りでよいサービスやよい端末を作り上げてきた。これが当時のJ-フォン躍進につながりました。

 しかし、(携帯電話市場の裾野が広がった)今はナローフォーカスマーケティングという手法ではやっていけない。ドコモやKDDIと全面戦争しなければならず、ここでは全方位的な戦略が求められます。またソフトバンクモバイルの目標は(ドコモを超えて)シェア1位ですから、ナロー戦略は取れません。

 また今は端末やサービスの複雑化が進んでいますから、(ナローフォーカスした)手作りの開発はできない。きちんとしたプラットフォームを作り、多様なラインアップを短期かつ低コストで導入しなければならない。ここでも大きな戦略が必要になる。J-フォン時代に回帰するのではなく、ソフトバンクとしてトップを目指します」(松本氏)

 ソフトバンクが日本の携帯電話産業を変えられるか。それは現時点では不分明だが、その変化を内から起こすために、松本氏がソフトバンクモバイルにいることは間違いない。

 後編では、松本氏が重視する技術・分野、中長期的な戦略と目標について聞いていく。

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