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» 2015年12月01日 08時00分 公開

スピン経済の歩き方:CIAの“サボりマニュアル”は、なぜ「日本企業あるある」なのか (3/4)

[窪田順生,ITmedia]

戦時中の体制をそのまま引きずる

 そう考えるのは、この時期のOSSの最大の役割というのが、日本社会に対する知見を「工作活動」に生かすことだったからだ。『Simple Sabotage Field Manual』を作成したほぼ1年後、OSSはサイパンからNHKと同じ周波数を使って、日本語による戦意喪失を狙ったラジオを124回放送している。この事実は戦後長く伏せられていたが、山本武利・一橋大名誉教授が1998年に米国立公文書館で発見したOSSの報告書で明らかになったのである。

 「こちらは国民の声です」という語り出しから始まるこの番組では、「オオイシ」という愛国心の強い日本人が国内から当局に隠れて放送をしているという設定で、開戦時の首相・東条英機やら軍部を痛烈に批判し、戦地に赴いた夫を思う妻の手紙も読み上げられた。また、当時の日本では禁止されていた歌謡曲も演奏したという。要するに、韓国が北朝鮮にやって怒りを買った「宣伝放送」を、OSSが日本にやっていたというわけだ。

 当たり前だが、日本国内からの放送という設定にリアリティをもたせるには、日本社会の現状をよく知っていなければいけない。報告書によれば、OSSはニューヨークやワシントン郊外に設けられた製作プロダクションに日系人に協力させているほか、日本兵の捕虜3人も参加させて番組の内容が日本の現状とずれていないかチェックさせたという。

 このような「日本研究」に心血を注いでいる最中、『Simple Sabotage Field Manual』は発行されている。ということは、対日宣伝放送をつくるうえでの徹底的な日本社会、日本文化の考察のなかで生まれた「副産物」という可能性もあるのだ。

 なんて仮説を述べると、「マニュアルは戦後の日本企業まんまなんだから、戦時中の日本を参考したってのは無理があるんじゃないの」と思う方もいるかもしれないが、そんなことはない。戦後の日本企業というのは、戦時中の体制をまんま引きずっているからだ。

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