では、こうした高付加価値・高級路線を続けることで、両社は好調な業績を維持できるのかというと、そう簡単ではない。期間限定商品で単価を上げたモスバーガーは、前年度、既存店売上高を7.3%増加させたが、客数は2.8%減少している。今年度に入ってからも客数の前年同期比マイナスは続いており、客数の減少を単価の上昇で補う戦略はいずれ限界が来る。
これに追い打ちをかけるのが日本経済の動向である。日本の家計の購買力は、賃金が物価に追い付いていないことから年々低下しており、単価の高い商品に支出を続ける余裕がなくなってきている。魅力的な商品があっても、何度も購入できない可能性があるのだ。
このところアベノミクスが行き詰まりを見せているといわれ、メディアではデフレに逆戻りとの声も聞かれる。確かに物価上昇率がマイナスになる月も出てきており、そこだけを見ればデフレ再燃ということになるのかもしれないが、実態は異なる。消費者物価指数にはいくつか種類があり、下落傾向が顕著なのはその一部でしかないからだ。
一般的に消費者物価指数として報道されるのは、エネルギーの価格を含んだ、いわゆる「コア指数」と呼ばれるものである。このところ多少値を戻しているが、2014年以降、急激な原油安が続いてきたことからコア指数には常に下押し圧力がかかっている。
しかし、エネルギーの影響を除いた「コアコア指数」と呼ばれる指標を見ると物価は下がっておらず、2015年9月には、アベノミクスがスタートして以降、もっとも高い上昇率を記録した。
一方、物価の上昇率と比較して労働者の賃金はあまり上がっていない。大企業や公務員の賃金は上がっているが、非正規労働者の割合は減らないため、物価を考慮した全体の実質賃金は低下する一方である。
実質賃金が上がらない以上、消費者は財布のひもをきつくせざるを得ない。目を引く高品質な商品で客単価を上げても、一定水準を超えてしまうと、今度は来店回数の減少という事態に直面することになるだろう。
モスバーガーとマクドナルドは、対象とする顧客層こそ異なっているが、直面している課題は似たようなものである。当分の間、単価の上昇と客数の減少の狭間で綱渡りの経営を強いられることになる。もし消費がさらに低迷するような事態となれば、高付加価値戦略は一気に瓦解(がかい)してしまうかもしれない。
仙台市生まれ。東北大学工学部原子核工学科卒業後、日経BP社に記者として入社。
野村證券グループの投資ファンド運用会社に転じ、企業評価や投資業務を担当。独立後は、中央省庁や政府系金融機関など対するコンサルティング業務に従事。現在は、経済、金融、ビジネス、ITなど多方面の分野で執筆活動を行っている。
著書に「お金持ちはなぜ「教養」を必死に学ぶのか」(朝日新聞出版)、「お金持ちの教科書」(CCCメディアハウス)、「億万長者の情報整理術」(朝日新聞出版)などがある。
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