トヨタと職人 G'sヴォクシーという“例外”池田直渡「週刊モータージャーナル」(3/4 ページ)

» 2016年07月19日 08時00分 公開
[池田直渡ITmedia]

ハイブリッドとG's

 今回乗ったのはノアのハイブリッドモデルだ。相当に頑張って成立させているが、盛り込み過ぎた無理は結果に表れている。最も具体的なのは路面不整を乗り越えたときの床板の振動だ。

 乗り心地改善のためのゴムブッシュ容量を大きく取った結果、路面不整に蹴り上げられたとき、ゴムの可動域の分だけ車輪が震える。この振動が床板に伝わってわなわなと震える。運転中のかかとに伝わってくるくらいなので、2列目シート付近はもっとひどいことになる。単純に言えば、床板の長さの中央が最も振幅が大きくなる。ただし、振動を感じる割に音は出ていない。その辺の消音材の使い方はやはりトヨタらしいと言える。いわゆるセダンやワゴンと比べなければ静かと言っていいと思う。

 ハンドリングもブレーキも「これだ!」と膝を打つようなことは残念ながらないが、欠点と言えるほどの欠点は床板の振動以外に感じられなかった。ファン to ドライブを求めてミニバンを買う人はいないだろうから、家族のための実用車として見れば、よく問題点をつぶしてあると感じた。

ノア・ハイブリッドのインパネ。空調関係のスイッチ類はもう少し使いやすくなると良い ノア・ハイブリッドのインパネ。空調関係のスイッチ類はもう少し使いやすくなると良い

 ところがである。この後に乗ったノアのG'sはそこの様子がだいぶ違っていたのだ。まずはG'sという製品から説明しなくてはならない。

 トヨタはG'sを「スポーツコンバージョン車」と呼んでおり、どんなクルマであってもスポーツカーに仕立てると言うのである。まあさすがに箱バンをベースにしながらスポーツカーは大げさだが、従来から評判の良いシリーズだ。

 スポーツ系のクルマが好きな人であっても、ライフステージのある瞬間を切り取ったとき、どうしてもミニバンやエコカーを選ばざるを得ないときがある。その間運転する楽しみを諦めて、家族の運転手になるのは気の毒だとトヨタは言う。だからミニバンでもエコカーでもスポーツが思い出せるクルマに仕立てましょうと言う提案がG'sのシリーズだ。下はヴィッツからアクア、プリウスα、ノア/ボクシー、マークX、ハリアーにそれぞれ設定がある。先代のプリウスにも設定があったが、新型ベースのG'sは未登場である。

 ひと目でそれと分かる“ちょい悪”系の内外装を持っているので好き嫌いは分かれると思う。筆者は正直そのデコレーションはかなり苦手である。ところが、そういう外見の話を置いて、クルマの機能部分を見ると大幅に改善されており、乗るとフィールは別物だ。ガチガチに固めた乗り心地を想像すると全く違う。むしろ質の高い乗り心地と自然な運転感覚がある。G'sのベースはハイブリッドではないので物理的に重量も違うのだが、運転感覚ははるかに軽く、思った通りに動くのでクルマがコンパクトになったように感じる。これならミニバンも悪くないと思わせるものに化けていた。

 G'sは何故良いのか? それは長らく疑問だった。しかし今回の取材でその仕掛け人とも言える人に会うことができた。まず肩書きにインパクトがある。「凄腕技能養成部 Nチームグループ チーフエキスパート」これが江藤正人氏の名刺に書かれた肩書きだ。

 試乗会ではまずお目に掛からないほどのベテランで、職種としてはテストドライバーになるのだが、分かりやすい言葉で書いてしまえば昔気質の職人。話はすこぶる面白い。本人の内側に揺らがない価値観があり、それに達しないクルマの話になると、言わないまでも明らかに嫌な表情になる。時々「あんなもんはダメだ」とポロッと口に出るので、隣で若いエンジニアがひやひやしているが、「だってそうだろう」と言われると「おっしゃる通りです」と苦笑いになる。

 「ダメなクルマがどうダメなのかは乗ればすぐ分かる。クルマってのは感覚で作るもんです」。なるほどG'sはこういう人が作っていたのか。

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