どうだろう。暴力以外は、現代のサラリーマン社会でもよくある「陰湿ないじめ」ではないか。意味のない仕事を延々とやらされて評価されない。服従をさせるため自尊心をズタズタにする。今回亡くなった女性社員も、徹夜で資料をつくっては上司からダメだしされ、女子力のなさをいじられたりしていたという。
このような話をすると、「オレも確かに新入社員のときに厳しく指導されたが、旧日本軍のいじめのようなものではなかったし、むしろあれがあったから今の自分がある」という主張をする人もいるが、こういう論調があること自体が、「日本企業=旧日本軍」を裏付ける証左である。
旧日本軍では「新兵いじめ」のような暴力、パワハラが常態化していたが、当時はそういう見方をする者は少なく、大多数の人たちは暴力やパワハラを「人生修練」の一環ととらえていた。
歴史学者・一ノ瀬俊也氏の『皇軍兵士の日常生活』(講談社現代新書)の中では、1933年に千葉県の佐倉の歩兵第五七連隊に入隊した「石川」という上等兵が書いた日記を紹介している。
そこには日々の過酷な訓練などとともに、初年兵たちに行われた「学科」と呼ばれる体罰などの記述があるが、一ノ瀬氏が「牧歌的な明るさ」と評するように、「石川上等兵」の日記からは陰湿なものは感じられないという。これにはさまざまな要素があるが、本書の言葉を借りると、『当時の軍が軍隊教育の過程でさかんに唱えていた〈軍隊=人生の修練道場〉という思考法』が根付いていたことが大きい。
長時間労働やある程度の「しごき」を是とする企業人たちは、「企業=人生の修練道場」だと思い込んでいるふしがある。だから、組織が期待する修練レベルに達しない「新兵」には、「貴様、それでも皇軍兵士か!」という叱責と同様に、「お前、それでも電通マンか!」という厳しい言葉がかけられる。
このように「日本企業=軍隊」と考えてみると、最近多い「不正」も妙に納得できる。
旧日本軍は戦況が悪化していく中で、思うような「戦果」を得られなくなると、大本営発表で被害を過小にして、戦果を過大に報告した。国威高揚という大義名分のもとで、国民にウソをつくという「粉飾」に走ったのだ。
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