逆に謝罪会見をしているにもかかわらず、いまだに厳しい環境をも引きずっている有名人の方もいます。謝罪会見でさらに批判を呼んでしまった人のほとんどは、謝罪というコミュニケーションのゴール設定を間違えた人です。
不倫の証拠(と称されるもの)があるのに否定をしてウソつきだと批判されたり、おわびの言葉をいいながらも態度が不遜だったり、正統派清純派の立ち位置を維持しようとして会見を打ち切ったり、いずれも謝罪でなすべきことを取り違えたといえます。
逆に成功した人たちは、ネガティブ要因をさっさと認め、炎が燃え上がる前に鎮火に成功しました。真摯(しんし)な姿勢で自らの非をいさぎよく認めた姿をしっかり映像化しました。
特にこの「映像化」は重要です。分かりやすいコミュニケーションのため、映像はもっとも効果的です。どれだけ筋の通った説明も、言い訳と受け取られては鎮火できません。謝罪を観客である視聴者に伝えるため、メディアを通じて分かりやすく訴えることができた人は成功し、失敗した人の発したメッセージは分かりにくく、ウソやごまかしとして伝わりました。
メディアからの厳しいツッコミは、むしろ鎮静化のためには必要なものであるにもかかわらず、それを拒否したり逃げた人も、結局事態を収拾できませんでした。映像化を避け、自らが姿を現さなかった人も炎上しました。
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