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» 2017年03月21日 08時00分 UPDATE

スピン経済の歩き方:『水戸黄門』の復活が、あまりよろしくない理由 (4/5)

[窪田順生,ITmedia]

『水戸黄門』によって、私たちはおかしな方向に!?

 これは冷静に考えると、非常に恐ろしいことではないか。

 この連載でも何度か触れているが、テレビと映画というのは、そもそも第二次大戦中、時の権力者たちが効率的に大衆を煽動するための「兵器」としてつくられたものである。ナチスが映画、米国がテレビを利用したプロパガンダによって、世論を誘導して戦争へと突き進んだのは、歴史を振り返れば疑いようがない。

 そういうテレビと映画の「負の側面」を考えれば、この国の映画とテレビの歴史に常に寄り添ってきた『水戸黄門』が、日本人の思考やモラルに大きな影響を与えていてもなんら不思議ではない。

 『水戸黄門』なんかに影響を受けた覚えはない、という人も多いかもしれないが、プロパガンダというのはそういうものだ。トランプ旋風など典型的だが、最初はただ単におもしろがって注目していただけなのに、気が付けばそれが社会主流になっている。事実、ドラマを見たことがなくても『水戸黄門』がなにかということは、ほとんどの日本人が知っているではないか。

 なぜ我々は、普段は温厚な銀行員がブチ切れて上司を土下座させるのをみてスカッとするのか。なぜクレーマーは、目の前にいる人間に執拗(しつよう)に土下座をさせ、なおかつそれをSNSで見せびらかすのか。そして、なぜ企業も芸能人も「儀式」のような謝罪会見を繰り返すのか。

 もし我々が100年におよぶ強烈な洗脳を受けていたとすれば、すべて辻褄(つじつま)が合う。

 そんな「謝罪至上主義」の生みの親である『水戸黄門』が復活する。BSということで、それほど社会への影響はないのかもしれないが、これまでの100年の積み重ねがあることを考えると、これが発端となり、日本の「謝罪至上主義」が強くならないとも限らない。

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