進むバーチャル化で変わるクルマの設計池田直渡「週刊モータージャーナル」(3/3 ページ)

» 2017年04月10日 07時10分 公開
[池田直渡ITmedia]
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リアルとバーチャルが近づいている

 MBDの内容をもう少し具体的に見ると、定常的な強度や安全性、走行性能、燃費などという話だけでなく、これまでは実験をしないと分からなかった環境や使用条件まで織り込むことができるようになった。これが1980年代から始まった有限要素法によるシミュレーションとの決定的な違いである。

 平たく言えば、従来のシミュレーションはクルマの部分単位でのみ成立しており、一台のクルマそのものをシミュレートできなかったのである。現在でも要素ごとの開発では有限要素法をベースとしたComputer Aided Engineering(CAE)は用いられているが、それを束ねてクルマになったときにどうなるのかを解析するためにMBDが必要なのだ。

 そうなると走行実験そのものも、かなりコンピュータ上でできるようになる。例えば、耐熱性能の評価のために米カリフォルニアとネバダの州境にあるデスバレーで行われるテスト、あるいはスポーツ系のクルマであれば、ドイツのニュルブルクリンクでの走行テストが、MBDではこれらが机上で概ねできてしまう。ニュルブルクリンクのタイムまでほぼ正確に出すことができると言うエンジニアもいるほどだ。

ニュルブルクリンクでテストするトヨタC-HRのレーシングモデル ニュルブルクリンクでテストするトヨタC-HRのレーシングモデル

 今やF1ドライバーがシミュレーターで練習する時代。つまり仮想的にコンピュータの中で組み上げた世界が、かなりの線で現実と近づいてきたのである。

 それの何がメリットなのかと言えば、実験のコストと時間が大幅に短縮できることだ。無数にある順列組み合わせを試すには、従来の方式だと試作モデルを大量に作り、比較検討しなければならなかった。しかしMBDであれば、変数をいじればそれが簡単にできてしまう。

 一々試作していれば、試作Aと試作Bの中間に本当のベストがあったということもあり得る。シミュレーションはより多くの組み合わせが試せる結果、ベストがどこかを見つけ出すツールとして非常に優れている。

 もちろんMBDだけでクルマがまるまる1台作れるかと言えば限界もある。最後の調整はやはりリアルワールドで人間がやるしかない。某メーカーの人曰く、「シミュレーションで何でもできると言うエンジニアと、シミュレーションなんかでクルマが造れるかというエンジニアはチームから外せ」。

 マツダのSKYACTIVやトヨタのTNGAといったモジュール型のエンジニアリングはこのMBD時代のクルマ作りが基本になっている。それは自動車メーカーの開発速度と、製品の性能の両方に大きく影響を与える新技術である。

 2020年代に向けたクルマ作りにおいてはMBDはもう欠かすことのできない方法になるだろう。そしてその分野において日本は良い位置に付けている。正直なところ、経産省がそこに注目して音頭取りをしているとは全く思っていなかった。この流れには引き続き注目していきたい。

筆者プロフィール:池田直渡(いけだなおと)

 1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(カー・マガジン、オートメンテナンス、オートカー・ジャパン)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。

 現在は編集プロダクション、グラニテを設立し、自動車評論家沢村慎太朗と森慶太による自動車メールマガジン「モータージャーナル」を運営中。

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