驚愕の連続 マツダよそれは本当か!池田直渡「週刊モータージャーナル」(4/4 ページ)

» 2017年08月14日 06時10分 公開
[池田直渡ITmedia]
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 HCCIは、始動時や始動直後にはどんなに頑張ってもプラグの助けが必要だ。低回転高負荷では温度が不足して失火するし、回転を上げていくと反応時間不足で失火する。アクセル開度が大きくなれば、制御しきれずにノッキング状態になる。そういう局面では従来型の火花着火に切り替えざるを得ないが、そうすると運転状況によって頻繁にプラグ着火と圧縮着火を行ったり来たりしなくてはならず、そのモード切り替え時に煤と排ガスの問題が発生してしまう。圧縮着火できる範囲を拡大しつつ、プラグ着火との切り替えをどうやって制御するかが問題だったのだ。

従来HCCIの課題 従来HCCIの課題

 もう1つは点火タイミングだ。エンジンの着火のタイミングは精密性が求められる。タイミングが狂えばエンジンが壊れたり、そこまでいかなくても熱効率が激減してしまうのだ。ブランコを漕いだり、フラフープを回したりするとき、加力のタイミングが重要なのと同じことだ。エンジンは、平気で1分間に5000回転も6000回転も回るわけだから、精密にここぞというタイミングで着火できなければ回るわけが無い。従来のガソリンエンジンなら点火プラグで、正確なタイミングを図ることができたし、ディーゼルエンジンでは空気だけを事前に圧縮して高温になった燃焼室に燃料を噴射することで点火タイミングを調整していた。圧縮着火では圧力の上昇=温度上昇で点火タイミングをコントロールしなくてはならない。ところが、気温が変われば元の吸気温度は変わるし、燃料の噴射量によって気化潜熱(燃料の蒸発によって温度を下げる作用)も変わる。精密にタイミングを合わせるのが難しいのだ。

 マツダが圧縮着火をものにしたのは、プラグの積極利用を行ったからである。ピストンによる圧縮だけで圧力をコントロールしようとすると難しいのであれば、圧縮着火の直前までピストンで圧を上げておいて、最後にプラグで火を付ける。プラグ周りで燃焼が始まり、燃焼ガスが膨張することで周囲の混合気が着火圧力に達し、そこからは圧縮着火のメカニズムが働く。

SPCCI燃焼 SPCCI燃焼

 プラグを使うのは同じでも従来の延焼方式によるプラグ着火とは燃焼のメカニズムが違う。だから例え着火のきっかけにプラグを使うとしても、圧縮着火を実現している。いや正確に言えば、プラグを使うことで、タイミングを制御した状態の圧縮燃焼を実現したのだ。実はここまでは数社のメーカーが到達していたらしい。

 プラグを使って最後のひと圧縮を行う幅を変えれば、モード切替のバッファが大きくなって、シームレスに燃焼モードを切り替えられる。この燃焼のシミュレーションをマツダは徹底的にやった。根性で試作を繰り返すのではなく人が少ないのだから少ないリソースを補うためにコンピュータを活用した。MBD(Model Based Development)と呼ばれる手法で、切り替え領域を整理して地道に適応範囲を広げて行ったのである。

 マツダではこのプラグを制御因子とした圧縮着火をHCCIではなくSPCCI(Spark Controlled Compression Ignition)と名付けた。「火花制御による圧縮着火燃焼」である。

 HCCIを実現しようとするとき、普通のエンジニアなら「いかにプラグを使う領域を少なくするか」を考える。しかしすでに述べたように、HCCIであろうとも厳しい領域のために点火プラグは装備している。「だったら、プラグを使ってタイミングの適正化を行いつつ、圧縮着火の制御因子に使おう」と考えたのだ。

初期レスポンスの良さ 初期レスポンスの良さ

 さて、このSKYACTIV Xの性能だが、マツダの発表では全域でトルク10%向上(最大30%)。従来のSKYACTIVに対して燃料消費率を20〜30%改善(08年のマツダ製同排気量エンジンから35〜45%改善)というすさまじいものになっている。

出力性能 出力性能

 マツダの言い分を平たく言えば、レスポンスが良くて力があって、燃費も素晴らしいということだ。筆者は、あまりにも話がおいしすぎて少し腰が引けている。もしかしたら音がディーゼルに近いのではないかとか、あるいはかつてのリーンバーンのような煤の堆積問題がホントにないのかなど。これほどにすごい性能がリスク無しで本当に手に入るという話が信じ切れずにいる。

筆者プロフィール:池田直渡(いけだなおと)

 1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(カー・マガジン、オートメンテナンス、オートカー・ジャパン)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。

 現在は編集プロダクション、グラニテを設立し、自動車評論家沢村慎太朗と森慶太による自動車メールマガジン「モータージャーナル」を運営中。

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