「幹部が『こうしよう』と方針を話しても、現場が納得していなければ動きません。『これ進んでる?』と聞いても『他の案件が忙しいので』と言われ、延々と進まない。よく聞けば進める気がない。組織って、そんなものですよね」
規模が大きくなったマクロミルはついに、杉本氏個人だけでは、どうにもならなくなってしまったのだ。そんな中、彼はどう対処したか。
「発信と受信をものすごい速さで行いました。『オレはこんなビジョンを持っている。だから、こんなことがしたい』と伝え、逆に現場の要望も聞くんです」
社員の協力を募って現場の不満の吸い上げもした。杉本氏はオープンな性格だが、やはり「社長の立場」には重みがあり、これがコミュニケーション上、邪魔になることもあるのだ。
「江戸時代には、町民のフリをして庶民の間に潜り込んで不満を聞き出していた『公儀隠密』という役人がいました。そんな役目のスタッフを社内につくったりもしました。みんなが不満なく力を発揮できる環境をつくるためです」
試行錯誤を繰り返す中で、杉本氏はある方法が効果的であることを知った。それは「夢を語り続けること」だった。
「しつこく何度も、夢を語り続けるんです。それしかありません。毎週、社員を集めて朝会を開いて、繰り返し語るんです」
社員もみんな、一度きりの人生を生きている。そんななか、彼らはなぜ働くのか? 「上司が指示をすれば人は動く」「給料を払えば言うことを聞く」と考えるリーダーは多分、三流以下だ。
仮に動いたとしても、嫌々やった仕事がどれほどの成果をあげるだろう。だから経営者は、夢や大義という大きな旗印を掲げ、価値観も人生観も得意分野も異なる社員に「私は世界を変えるための事業に身を投じている」と日々実感してもらうしかない。それは大将が兵士を鼓舞し、戦いに命を賭けてもらう「統率」も同じだったろう。
「会社経営には王道より近道がないことに気付きました。私たちは『マーケティングリサーチにおいて〜』と、ミッションステートメントを明確にしていったんです。いわば『会社の大義』を設定したということですね」
思えば、創業時に退職金を出してくれた仲間も、ITバブル崩壊の危機を救ってくれた出資者も、そんな「夢」や「大義」にお金を投じたはずだ。もし杉本氏が「単に金稼ぎをしたい」といった人間だったら資金調達の段階で敗れ去っていたに違いない。
彼のエピソードをひも解くと、こんな結論が見い出せる。お金や人材が欲しければれば、夢と大義を持て――。こうして杉本は「優秀なベンチャー社長」から、「夢」と大書した旗を大地に掲げた「大手企業経営者」になっていったのだ。次回は、杉本氏がそのマクロミルを離れ、新たな挑戦としてキュレーションアプリ「antenna*」を立ち上げた背景に焦点を当てる。
杉本哲哉(すぎもと・てつや)
1967年生まれ。神奈川県横浜市出身。早稲田大学社会科学部卒業後、リクルートへ入社。00年にネットを活用した市場調査を行うマクロミルを創業し、代表取締役社長に就任。04年東証マザーズ、05年東証一部へ上場。グループ社員数1700人、世界13カ国34拠点で展開。現在社長を務めるグライダーアソシエイツは、12年の設立。運営しているキュレーションアプリ「antenna*(アンテナ)」は現在、ユーザー数約650万人、提携メディア数約300、クライアント数約1500社。
夏目幸明(なつめ・ゆきあき)
1972年、愛知県生まれ。早稲田大学卒業後、広告代理店入社。退職後、経済ジャーナリストに。現在は業務提携コンサルタントとして異業種の企業を結びつけ、新商品/新サービスの開発も行う。著書は『掟破りの成功法則』(PHP研究所)、『ニッポン「もの物語」』(講談社)など多数。
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