命を懸けて鉄道の未来を築いた時代を描く『エンジニール 鉄道に挑んだ男たち』杉山淳一の「週刊鉄道経済」(3/5 ページ)

» 2017年10月20日 07時00分 公開
[杉山淳一ITmedia]

天才機関士・雨宮哲人はモデルがいた

 雨宮哲人は架空の人物。蒸気機関車の運転について天才的な才能を持つ。ただしそれは、数々の経験を記憶し、新たな手法を試し、会得していくという職人の努力によって培われた。先輩の背中を見て、技を盗む。その繰り返しで育ち、後輩にも同様に接する。

―― とてもヒーローっぽい機関士ですね。速く走りだすためには停止の方法が重要だと、島安次郎に暗に示す。北海道の機関士たちが、重い貨車をたくさん連結した列車を走らせるときに秘伝のテクニックを持っている。それを雨宮哲人は簡単にやってのける。

池田: 彼は機械に対する勘がとても鋭いんです。実は彼には隠された設定があって。まだ物語には出てきませんし、使うかどうかも分からないんですけど。風貌も独特です。何を考えているか分からない怖そうなヤツ(笑)。

―― でも正しい。そして説明しない。行動で示す人。架空の人物ですから、存分にキャラクターづくりができているわけですね。

池田: 実際には結城弘毅(※)っていう運転の神様がいまして、機関車に速度計がない時代に、レールの継ぎ目の音とか風景の流れ方で速度を把握して、定時運転を確立した人なんですね。雨宮哲人も技術を追求する一方で、鉄道黎明期のロマン、好き勝手に機関車を走らせてもよかった時代を知っている人間でもある。ただし、そのロマンと決別し、後輩に指導する立場になり、自分の技術を提供していく。

※結城弘毅(1878〜1956年):東大卒業後山陽鉄道に入社。鉄道国有化によって鉄道省職員となる。独自の経験から運転技法を確立し、多くの後輩に指導してきた。超特急燕号の運転士の指導役を務めた。酒豪だったという。

―― 当時の機関士は徒弟制度で仕事を覚えた。それを運転術として確立し、誰もが技術を向上できるようにした。島安次郎は日本の未来と鉄道という広い視野を持ちながら、いかに現場の気持ちをくみ取っていくかを考えている。

池田: でも、島安次郎こそマニュアルを作る立場ですからね。雨宮哲人のように突出した人がいても、それに合わせてマニュアルを作るわけには行かない。

―― 雨宮哲人は島安次郎と出会い、自分の知識と技術を鉄道全体に生かしたいと思うわけですね。

池田: 島安次郎も、機関車を作るとき、雨宮哲人はどう考えるか……と考えるようになります。

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