なぜメルシャンは、自社が時間やコスト、労力をかけてまで獲得した貴重なノウハウや技術などを、惜しむことなくライバルに提供できるのだろうか。
「勝沼においては、近隣のワイナリーが競争相手であるのは確かなのですが、日本ワインという観点で考えると、競合は輸入ワインで、近隣のワイナリーは協同する相手なのです。もちろん、ワインの品質面などで競争するのは大いにやるべきですが、間違っても日本のワイナリー同士でつぶし合うようなことはあってはなりません」と安蔵氏は力を込める。
もう1つ、安蔵氏が大切にしているのは、「地域貢献」というメルシャンのOBたちの教えだ。
メルシャンだけが成果を上げても、それは一過性にすぎない。例えば、シュール・リー製法を広めたときもそうだ。自社だけの取り組みで終わるのではなく、ほかのワイナリーもシュール・リー製法を導入して甲州の辛口ワインを造ることによって、それが地域のブランドとして定着する。これは山梨エリアにメリットがあるし、回りまわってメルシャンにもメリットをもたらすという考え方が土台にあった。そういった全体的な視点を持った企業は決して多くないだろうが、浅井氏をはじめ、そのような考えを持った人たちがメルシャンにはいたのである。
「もう30年くらい経ちますが、いまだに周囲のワイナリーから、あのときシュール・リー製法をすぐに公開してくれたのは非常にありがたかったと言われます。私はまだメルシャンに入社する前でしたが、先輩たちがそういうことをしてくれたのは本当に誇りに思いますね。そして先輩たちの薫陶を受けた我々はその理念を引き継いでいかないといけないのです」(安蔵氏)
自分だけが成功すればいい、一人勝ちできればいい。そうした心の貧しさは、日本ワインの伝統を受け継いできたメルシャンにはみじんもないのだろう。(次回に続く)
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