「地方の覚悟を問う」。そんな思いが込められた経済産業省のあるプロジェクトが今、広がりを見せていて、具体的な成果が全国各地で表れ始めている。
これは「地方版IoT推進ラボ」という取り組みだ。元々、経産省が立ち上げていたIoT推進ラボ(座長:経営共創基盤の冨山和彦CEO)の地方バージョンとして、さまざまな地域でのIoTによるビジネス創出を支援するというもので、2016年6月にスタートした。こう書くと「昔からよくある補助金事業ね」と思う人がいるかもしれないが、実は地域に対してお金は出ていないという。
主な支援内容は、(1)「地方版IoT推進ラボ」マークの使用権付与、(2)メルマガ、ラボイベント等によるIoT推進ラボ会員への広報、(3)地域のプロジェクト・企業等の実現・発展に資するメンターの派遣。そのほか、全国のラボ関係者が集結する会議や、地方ごとに実施する会議などが開かれている。そんなプロジェクトがなぜ盛り上がっているのだろうか。
同ラボの担当者である経産省 情報技術利用促進課(ITイノベーション課)の大西啓仁企画官は次のように話す。
「地域にとっては国が応援してくれている、一緒になって取り組んでくれるという感覚があり、それが多くの人を巻き込む上での強い求心力になっているようです」(大西氏)
あえて補助金を出さないのにも理由がある。本当にやる気のある地方の人たちが集まって、自分たちで何をやりたいかを真剣に考える場を作りたかったからだという。「最初から補助金を出すと、それだけを取りに来る人がいて、ノウハウなどが横展開されません。各地域の本気度を見るとともに、まずはIoTを活用して何かに取り組もうという土壌や機運を作ろうとしたのです」と大西氏は意気込む。
地方版IoT推進ラボが目指すのは地域の課題解決だ。課題と言っても地方にはさまざまなものが存在するが、1つは生産性の向上である。作業を効率化して生産性アップに努めるためにITは有効な手段だが、IoTなどの先端技術は地方で使いこなすにはなかなかハードルが高い。それをできるだけ現場に落とし込み、身近なものにする役割がこのラボには課せられている。
「そうした土台があって初めて生産性を高められたり、これまで地域で見えていなかったものを可視化して、価値創出につながっていったりするのです」(大西氏)
現在、IoT推進ラボが選定するのは74地域。選定の基準は、(1)地域の独自性があるかどうかという「地域性」、(2)自立するためのシナリオやキーパーソンがいるかどうかという「自治体の積極性と継続性」、(3)事業主体などが連携しているかどうかという「多様性と一体感」の3つである。
「仮に行政の金銭的な支援がなくてもこの取り組みをやっていくのか、その覚悟を問うことが重要な基準になっています」と大西氏は力を込める。
既に一定の成果を出している地域もある。
北海道帯広市の北部に位置する人口約6200人の街、士幌町。ここでは農業とIoTを組み合わせて地域の活性化に取り組んでいる。同町では以前から革新的な農業を実践しており、多くの農家にも最新鋭の機械が導入。他の地域と比べて生産性が高いという。地元の農協(JA)も旧態依然とした取り組みではなく、新しい風を農家に入れることに積極的だ。そうした風土があるため、IoTの時代にも乗り遅れまいと、ドローンを飛ばして畑の土壌温度や湿度などを計測し、さまざまなデータを管理している。
具体的な例としては、士幌高校が所有する実証農場などにPSソリューションズが開発する農業用のIoTデバイス「e-kakashi」を設置し、気温や湿度などさまざまな環境データを収集。それを生物学的に分析することでデータを活用した栽培技術を生徒が身に付けられるようになった。その結果、科学的なスキルを持つ農業人材の育成にも貢献しているという。加えて、地域内の農家へも横展開し、士幌町全体の農業の生産性向上にもつながっているのだ。
この「士幌町IoT推進ラボ」の発起人は士幌高校の教頭。学校を卒業した若者たちが街を離れたきり帰ってこないという課題が従来からあり、このままでは学校も士幌町も尻すぼみになってしまうという危機感によって応募、第1弾の選定モデルとなった。そのかいあって、農業生産の環境的、経済的および社会的な持続性に向けた国際認証である「GLOBAL G.A.P」をニンニクやニンジンといった品目で取得したり、生徒が会社を創って6次産業を本格化したりと、高校として全国的に珍しい成果を上げている。
「元々、士幌町に先進的な考え方やリーダーシップがあったことが何よりも重要です。そこにIoT推進ラボが重なって一気にこうした取り組みが進みました。単なる補助金行政で終わるのではなく、ビジネスや教育にまで入っていって持続的な活動になったのは大きな成果です」(大西氏)
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