自動ブレーキについて知っておくべきこと池田直渡「週刊モータージャーナル」(3/3 ページ)

» 2018年03月19日 06時30分 公開
[池田直渡ITmedia]
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どうすべきか?

 さて、今回の件を踏まえ、衝突軽減ブレーキ全体の話について少し書いておきたい。そもそも人はミスをする。こうしたヒューマンエラーを排除するために、運転支援システムはとても有用だ。自動車メーカー各社の発表した統計を見ても、前述のように追突事故を8割から9割削減しているという実績がある。だから、運転支援システムは今後も発展普及させていかなくてはいけない。現状で事故を最も減らす手段はこうした運転支援システムである。

スイフトと同じシステムを使うワゴンRもサービスキャンペーンの対象に…… スイフトと同じシステムを使うワゴンRもサービスキャンペーンの対象に……

 では、こうしたシステムが100%間違いなく作動するのかといえば、そんなことはない。実際他の自動車メーカーのエンジニアに聞いても「異常作動の可能性はあります」とはっきり言う。それを「けしからん!」と言っても仕方がない。統計上、ヒューマンエラーの頻度より明らかに少なければ、そこには大きな意味があるからだ。そしてそれは前述の通り、追突事故を8割から9割削減しているという実績によって証明されているのだ。

 ここで峻別しなくてはいけないのは、運転者の怠惰によって、つまり「自動動作に任せておけば良いや」ということで、操作を怠り、それによって事故が発生することと、ドライバーが何ら危険を感じていないときに自動ブレーキが突如作動することの意味はまったく別だということだ。

 言うまでもないが、前者ではドライバーが注意さえしていれば安全は保たれ、あくまでもヒューマンエラーのバックアップとして自動ブレーキが動作するのに対し、後者ではドライバーはまったく関与する方法がない。つまり何の問題もなく走っているときに突如制動がかかり、後続車に追突されるというリスクを回避する手段をドライバーは持っていないのだ。

 しかし、機械の側から見れば、センサーが検知したものを「危険」か「危険でない」かを判断するに際し、どうしても「危険」に近似した「危険でない」ものは存在する。

 例えば、筆者が経験したバイクの例でいえば、恐らくは後方から追い越しにかかったバイクがフロントカメラの視界に入った瞬間、側方から飛び出したものだと誤認識してブレーキが作動したものだと思われる。ベンツのように20個も30個もセンサーが付けられるなら、対象物の移動の方向や距離や速度を連続的に捉えて判断できるだろうが、低廉な価格で販売しなくてはならないコンパクトカーや軽自動車にそんな装備は難しい。少ないセンサーで判断せざるを得ない。

 交通システム全体の安全性を考えれば、低廉な価格で自動ブレーキの普及を図ることはとても重要である。しかし、そこには誤感知もしくは誤判断の可能性がどうしても存在するのだ。

 だから「多少の誤感知はなかったことにしよう」とまでは言えないが、減らす努力はした上で、一定レベルは受け入れていくしかない。飛行機だって墜落するし、船だって遭難する。リスクとは社会全体の利益とのバランスであり、もっと言えばコストとの兼ね合いである。分かり易い例で言えば、朝の通勤電車に空港なみのセキュリティチェックを導入したらどうなるか。かつてのオウム真理教のようなテロを考えればリスクはそれなりに高い。しかし安全のため、命のためだからと言って、時間と金を無限にかけられるわけではない。自動ブレーキのセンサーに数十万円レベルでコストアップする仕組みを導入すればより良い結果が得られるだろうが、簡易で普及を支えるシステムも絶対に必要である。自動ブレーキのありとなし、より多くの事故を防げるのは「あり」だという冷徹な事実がそこに存在するからだ。

フロントウィンドー上部に取り付けられるセンサーユニット フロントウィンドー上部に取り付けられるセンサーユニット

 一方で、正論と別にユーザーの不利益もある。例えばこうしたブレーキの作動で追突事故が起きた場合、恐らく「ドライバーがブレーキを踏んだ」ことにされてしまうだろう。ブレーキを踏んでいないことを証明するのは悪魔の証明である。それは非常に問題だ。当事者にとってはやってもいないことを自分の責任にされることは、受忍し難い。自動車メーカーとユーザーの間で回復不能な不信感に発展する恐れがある。

 だからこれはスズキ1社の問題ではないのだ。構造上、他のメーカーでも起こり得る。むしろゼロには絶対にならない。そしてその場合にユーザーが救済されるシステムがない。ひとまず筆者がここに書くことで、多少の補強にはなるかもしれないが、それはユーザーに対する最終的な救済にはならない。筆者は自動ブレーキの説明文に「どんなときも安全に止まれることを保証するものではありません」という表記とともに「例外的に必要のない場面でブレーキが作動することがあります」という断り書きを追加すべきだと思う。

 そして役所もまた「そんなことはあってはならない」などと無理な介入をせず、リアルな現実と付き合いながら技術を育てていくことが重要だと強く思うのだ。

筆者プロフィール:池田直渡(いけだなおと)

 1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(カー・マガジン、オートメンテナンス、オートカー・ジャパン)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。

 現在は編集プロダクション、グラニテを設立し、自動車評論家沢村慎太朗と森慶太による自動車メールマガジン「モータージャーナル」を運営中。

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