ここのところ繰り返し書いているテーマの1つが、「クルマはコモディティ化していく」という安易な理解への反論である。今回は衝突安全の面からこの話をしていきたい。
「電気自動車が主流になると、複雑なノウハウの塊であるエンジンがいらなくなる。エンジン技術が参入障壁になっていた自動車は一気にコモディティ化が進み、新規参入会社が流れ込み、既存の自動車メーカーはアドバンテージを喪失する」と唱える人は相変わらず少なくない。
筆者はこれまで、自動車の開発で一番難しいのはシャシー開発であると繰り返し述べてきたつもりだ。エンジンが簡単だとは言わないが、それが自動車メーカーの核心的技術だという理解は相当に怪しいと思う。何よりエンジンはOEMで調達できるし、ロータスのようにそうやってクルマ作りをしているメーカーも現実に存在する。量産車メーカーであれば日産もベンツからエンジンを調達している。
人命に関わるという意味では衝突安全こそが自動車産業の核心的キーであり、それを担保するのはボディの性能である。衝突安全は1990年代から、実際の衝突実験によって評価される仕組みができ上がっており、地域別の基準をクリアしない限り販売できない。
厳然たる事実として、自動車は人命を奪うことのある機械である。わが国で言えば、交通事故死亡者は1970年(昭和45年)に1万6765人のピークに達し、以後、原則的には減少傾向を続けている。2017年(平成29年)の速報値では3694人まで減少している(警察庁交通局調べ)。
途中で波もあるが、交通量は景気と連動するので、死者の総数で見ると、どうしても凸凹する。グラフを見てもらうと分かりやすいが、これを人口10万人あたりで見ると、「自動車1億走行キロあたり」でも「保有台数1万台」でも順調に減じている。
また人口10万人あたりの死傷者数が増加している局面でも、人口10万人あたりの死者数はほぼ減少しており、事故が起きても怪我で済み、死亡に至らないケースが増えている。これらのデータから、技術の進歩によって自動車は徐々に安全になってきていることが分かる。この安全なクルマを作る技術というものがコモディティ化の対局にあるノウハウの塊なのだ。
衝突安全はあらゆる技術の進化の影響下にある。シートベルトの巻き上げ技術やエアバッグ、衝突安全ブレーキといった分かりやすいものだけではない。ヘッドランプの照度や光の分布、タイヤの進化、サスペンションの能力向上など、クルマを構成するあらゆるジャンルの技術が人の命を救うために進化してきた。
死亡者が一気に減じていった70年代で言えば、その技術はシートベルトの装備とステアリングシャフトの折り畳み技術だと思う。自動車事故の死因で最も多かったのは頭部と胸部の損傷だ。当時、死亡事故の際、頭を強打したり、ステアリングシャフトが胸に刺さるケースが多かった。これらの深刻な損傷を回避するために、シートベルトで乗員を拘束し、さらにステアリングシャフトが折れ曲がって衝撃を吸収する構造にしたことで死者が一気に減った。ちなみにシートベルトの装着の有無で致死率は14倍違うという。グラフの死者数の激減も当然である。とにもかくにもシートベルトは安全のイロハのイであることは肝に銘じていただきたい。
その後も地道な努力が続いている。90年代以降の技術として非常に大きいのは衝突安全ボディの進化である。
わが国では、94年から正面衝突の試験が、99年に側面衝突試験が、00年にオフセット衝突試験が導入された。衝突安全の技術とはつまるところ人が乗っているキャビンを頑丈にして生存空間を残しつつ、エンジンルームやトランクを上手につぶして、効率良く衝突エネルギーを吸収し、乗員に伝えないようにする技術である。
それらはまたぶつかり方によって求められる性能が違う。端的に言えば、正面衝突は大きな衝突エネルギーを、逃げ場がない状態で真正面から受け止める性能を求められる。上述した通りエンジンルームのエネルギー吸収量を大きく取り、乗員に伝わる大きな衝撃を、ボディ前部で受け止め、さらにシートベルトやエアバッグなどを総動員してどれだけ人体に加わる加速度を緩衝できるかが問われる。
側面衝突はスピンして電柱などにぶつかった際、クラッシャブルゾーンがほぼないドア部分でキャビンの生存空間を維持する性能が問われる。具体的に言えば、ドアと敷居を変形させないことが肝要だ。ボディ設計で最も難しいと言われるのがこの敷居(サイドシル)だという。
そして、オフセットクラッシュではボディの片側だけに集中して受ける衝撃で正面衝突と同じくキャビンの生存空間をどれだけ維持できるかが問われる。
近年では国によってこれ以外にも25%オフセットクラッシュや追突などの安全性に関するテストもある。1つのボディにこれだけの総合的な安全性能が求められるのだ。
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