フランスの高級車復活に挑むDS7クロスバック池田直渡「週刊モータージャーナル」(1/3 ページ)

» 2018年08月27日 06時30分 公開
[池田直渡ITmedia]

 DSオートモビルズについて書こうと思う。この会社が法人化されたのは2014年のことで、そもそもブランド自体がまだあまり知られていない。いったいどんなブランドなのか? 端的に言ってしまえば、シトロエンの上位ブランド。トヨタがレクサスでやろうとしていることをシトロエンもやりたいのだ。

 だが、状況はトヨタより厳しい。トヨタは上はセンチュリーから始まり、下はダイハツからOEM供給を受ける軽自動車まであらゆるクルマがラインアップされていて、ひとまずどのサイズのプラットフォームも用意できる。ところが、シトロエンの持っている一番大きいプラットフォームはCセグメントだ。高級車を造りたくとも物理的なリソースはそれしかない。

全長4590mm、全幅1895mmとCセグメントとしては最大級のサイズを与えられて登場したDS7クロスバック 全長4590mm、全幅1895mmとCセグメントとしては最大級のサイズを与えられて登場したDS7クロスバック

 という現実を前にしつつも、理想としてDSが目指すところははるかに高い。フランスの自動車業界ではかなり早期に高級車が途絶してしまった。戦前に遡れば、他国同様ちゃんと高級車もあった。パナール、ブガッティ、ドライエ、ドラージュ。あるいはちょっと微妙なところでイスパノ・スイザやファセルといったクルマたちだ。

 しかし第二次大戦で戦場となり、疲弊しすぎたフランスでは、戦後高級車のマーケットが激減し、これらのメーカーは高級車マーケットから撤退せざるを得なくなった。その結果、大衆車をメインとするメーカーだけが残った。そうなると端的にフランス大統領や国賓が乗るクルマに困る。結局は大衆車メーカーであるシトロエンの大きなクルマでしのいでいた。

 この100年というもの、先進各国にとって自動車は国策であり、基幹産業であり、国の威信を背負う存在だった。本来なら戦前に名を轟かせた赫々(かっかく)たる高級ブランドのクルマが良いに決まっているが、死んだ子の齢を数えても仕方ない。シトロエン・ブランドに不足を言えば、自動車生産国であるフランスの大統領がロールス・ロイスかメルセデスなど他国のクルマに乗るという、より屈辱的絵柄になる。

2大マーケットが存続の鍵

 別にシトロエンが劣っているわけではない。シトロエンは歴史的に見れば、むしろ極めて独創的で高い技術を持っていたが、それとブランドの格はまた別の話である。国を代表する高級車ブランドが欠落していることは長らくフランス人のコンプレックスであったように思う。だから2009年にDSというブランドが発足した時、筆者はその向こう側にフランス人の長年の鬱屈を見た気がした。

 しかし、21世紀の自動車ビジネスは甘くない。何しろあのトヨタでさえ、トップ・オブ・ザ・トップに君臨するセンチュリー(それはトヨタのプライドの塊を意味する)のモデルチェンジにあたって、先代レクサスLSのシャシーを使い回す時代である。もはや数のはけないクルマのために専用シャシーを新たに起こすことなど不可能な時代になった。

 ベンツのSクラスやBMWの7シリーズ、アウディのA8といったLセグメントのクルマたちが存続するためには何としても中国で売らなくてはならない。いまやドイツのブランドは中国に媚びを売ることでフランスの二の舞を必死に防いでいる。内心の苛立ちを腹に収めて、アジア人に揉み手をするのは、欧州の人々にとって相当に不愉快なことだと思うが、背に腹は代えられない。

 日本のメーカーの場合、主戦場は米国だ。とにもかくにも米国か中国、つまり2大マーケットのどちらかではクルマを売らないことにはLセグメントクラスのシャシーを更新し、維持することは難しい。それが現実なのだ。

 ほとんどのフランスとイタリアのメーカーはそれができていない。ルノーだけは日産傘下のインフィニティでかろうじてそれができている。DSが狙える可能性があるとすれば中国だろう。当然それは戦略に入っていて、手持ちのリソースがCセグとなれば、目下中国で激化している中型SUVの戦いに割って入れる可能性は確かにある。しかしそれはまだ皮算用でしかなく、すべてこれからの話だ。

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