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転職の「扇動者」にも「全否定派」にも惑わされないシンプルな心構えとは先入観と風説を斬る(3/4 ページ)

» 2019年07月23日 07時00分 公開
[山口周ITmedia]

「年収の下がる転職」は失敗か?

 2つ目に指摘したいのが「転職の前後での年収の増減」だけを捉えて、転職の成功・失敗を評価しているという点です。

 先述した通り、転職の目的は「充実した職業人生を送る」ということ、さらには「幸福な人生を送る」ということにあります。人によっては、その目標を達成するための1つの手段が経済的な成功を収めるということになるのかも知れませんが、必ずしも全部の人がそのような目標設定を持っているわけではないでしょう。

 私自身の転職経験の中には、年収が下がったケースもあれば逆に上がったケースもあります。では、年収が上がったケースが成功だったか、下がったケースが失敗だったかと問われると、何とも応えようがありません。それぞれの職場や実生活での体験は、タペストリーの横糸と縦糸のように複雑に絡み合いながら、その人の人生を紡いでいくことになります。そのように考えた場合、転職の前後で線を区切って「成功だ」「失敗だ」と評価するのは難しいのを通り越してナンセンスと言うべきでしょう。

 例えば、年収は下がったものの、比較的時間に余裕のある職場だったので、空いた時間を新しい分野の勉強や文化体験に投下したところ、それらのスキルが次の職場で生かされる、そこで培われた感性が人脈形成やその人の人生の豊かさに貢献する、といったことは誰にでもありうる話です。

 ではその場合、年収が下がった転職は、その1回を取り上げて「失敗だった」と言えるのでしょうか? 「人間万事塞翁が馬」の喩(たと)え通り、どの職場体験がどのような影響を後の人生に与えるのかは、誰にも分からないのです。

 加えて近年では、年収が大幅に下がることが明白であるにもかかわらず、社会的な意義を感じてソーシャル・ビジネスへとキャリアチェンジする若い人が増えています。

 例えば、私がここ10年身を置いているコンサルティング業界では、ほんの数年前まで、退職して次に移る職場としては、より高い待遇が期待できるプライベート・エクイティ・ファンドや事業会社の経営幹部というのがその典型でした。しかし、近年では急激にソーシャル・ビジネスへの転職が増加しています。

 「年収の下がる転職は失敗」と切って捨てる人々は、このようなトレンドを自分の中でどのように整理・合理化しているのか、訊いてみたいものです。

 本書の冒頭において、天職探しとは本来、「あなたが世界に何を求めるのかではなく、世界があなたに何を求めているのか」という問いに答えを出すことではないか、という仮説を提示しました。ソーシャル・ビジネスに身を投じる若い人たちは、ある意味ではこの問いに対する答えを見いだした人たちなのかも知れません。この人たちを取り上げて「年収が下がったから失敗だね」と指摘しても、余計なお世話と思われるだけでしょう。

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