インタビュー
» 2019年10月01日 05時00分 公開

低きにありて、高きを思う:ジブリ鈴木敏夫が語る――宮崎駿に『風の谷のナウシカ』を連載させた『アニメージュ』初代編集長の「型破り人生」 (1/7)

スタジオジブリのプロデューサーとして、宮崎駿作品をはじめとするアニメーション映画の制作に尽力している鈴木敏夫氏。その鈴木氏が大きな影響を受けたのが徳間書店時代の上司である故・尾形英夫氏だ。尾形氏は宮崎駿氏に『風の谷のナウシカ』を連載させた『アニメージュ』の初代編集長。尾形氏の型破りな生き様を鈴木氏が大いに語る。

[伊藤誠之介,ITmedia]

 2019年6月22日に、東京・神保町の書泉グランデにおいて、「スタジオジブリプロデューサー鈴木敏夫さんトーク&サイン会」が行われた。

 鈴木敏夫氏といえば、スタジオジブリのプロデューサーとして、宮崎駿作品をはじめとするアニメーション映画の制作に尽力している人物だ。一方で鈴木氏は、ラジオ番組「鈴木敏夫のジブリ汗まみれ」のパーソナリティーなどで、映画や文化、社会問題といった多彩な話題を、軽妙なトークで自在に語ることでも知られている。また、初のノンフィクション小説『南の国のカンヤダ』(小学館)も話題になっている。

 当日は、鈴木氏と親交がある高橋豊氏(アニメイトホールディングス代表取締役会長、「高」は正確には「はしごだか」)が来場。鈴木氏と高橋氏が出会った徳間書店の編集者時代のエピソードが語られた。鈴木氏の就職活動や、徳間書店に入社して配属された『週刊アサヒ芸能』での仕事といった話題が登場するなか、トークの中心となったのは、鈴木氏の徳間書店時代の上司である故・尾形英夫氏との思い出だ。

 『月刊アニメージュ』の初代編集長となった尾形英夫氏の下で、新人時代から編集者として仕事を続けてきた鈴木氏(ちなみに鈴木氏は『月刊アニメージュ』の二代目編集長)は、この尾形氏から大きな影響を受けたという。徳間書店入社前後の話題や、尾形英夫氏については、鈴木氏のロングインタビュー集『風に吹かれてI――スタジオジブリへの道 』(中公文庫)や『風に吹かれてII――スタジオジブリの現在』(中公文庫)の中にも登場しているが、今回語られたのは、部下である鈴木氏の目から見た尾形氏の、型破りなエピソードだ。

 鈴木氏による味わいのある語り口で活写される、昭和の雑誌編集者の個性的な姿をご堪能いただきたい。

phot 鈴木敏夫(すずき・としお)1948年名古屋市生まれ。慶応義塾大学文学部卒業後、徳間書店入社。『週刊アサヒ芸能』を経て、『アニメージュ』創刊に参加。副編集長、編集長を務めるかたわら、「風の谷のナウシカ」「火垂るの墓」「となりのトトロ」などの高畑勲・宮崎駿作品の製作に関わる。85年にスタジオジブリの設立に参加、89年からスタジオジブリ専従。以後ほぼ全ての劇場作品のプロデュース。現在、株式会社スタジオジブリ代表取締役プロデューサー。著書に『仕事道楽 新版 スタジオジブリの現場』(岩波新書)『ジブリの哲学―変わるものと変わらないもの―』(岩波書店)『風に吹かれて』(中央公論新社)『ジブリの仲間たち』(新潮新書)『ジブリの文学』(岩波書店)『人生は単なる空騒ぎ―言葉の魔法―』(KADOKAWA)『禅とジブリ』(淡交社)『南の国のカンヤダ』(小学館)『天才の思考 高畑勲と宮崎駿』(文春新書)など

「子ども調査研究所」でのアルバイトがきっかけ 雑誌編集者の道へ

鈴木氏: どうも、こんにちは。みなさん集まっていただいてありがとうございます。直前まで、いったいどういうお話をしたらいいんだか、まったく用意していなくて。いつもそうなんですけど、みなさんのお顔を拝見してからね、話を決めようと。

 今日は書泉グランデに来ているんですけど、書泉グランデって、アニメイトという会社のグループなんですよね。アニメイトはみなさんご存じだと思いますけど、それだけじゃなくて芳林堂書店さんとか、この書泉グランデだとか、いろんな事業をやっているんです。それでさっき見ていたらね、そこの高橋さん(高橋豊氏【※】)が来られているんですよ。

※高橋豊 アニメイト創業者。現在はアニメイトホールディングス代表取締役会長。アニメイトグループにはアニメショップチェーンの展開を行う株式会社アニメイトのほか、株式会社ムービック、株式会社ゲーマーズ、株式会社書泉などが存在している。

 今日のこのサイン会を企画していただいたのは、高橋さんなんです。なので、高橋さんにも参加してもらおうと思いますけれど、みなさんいかがですか? (会場拍手)

鈴木氏: 僕が高橋さんにお目にかかったのはね、たぶん20代だと思うんですけど。

高橋氏: 20代後半か、30歳になったぐらいじゃないですかね。

鈴木氏: 今日来られているみなさんとたぶん、同じぐらいじゃないかと。僕は当時ね、何をやっていたかというと、徳間書店というところで雑誌を作っていたんです。

phot 鈴木氏による初のノンフィクション小説『南の国のカンヤダ』(小学館)。タイ王国の田舎町パクトンチャイで大家族と暮らす若きシングルマザーの物語をエッセイ風に描き切っている「傑作」だ

 僕は徳間書店に入って最初、週刊誌をやらされて。今もあるんですけど。『週刊アサヒ芸能』っていう。読んだことのある人は少ないですよね、この中に。世間では“俗悪誌”と言われていて(笑)。

 じつを言うと就職の時に、自分が何をしたいかというのがまったくなくて。「働かなきゃいけないから働く」なんてことを考えているうちにね、いろんな会社の就職試験がどんどん終わっちゃうんですよ。気がついたら、大学のクラスで就職が決まっていないのが、3人だけになっちゃって(笑)。

 それで、どうしようかなと思っている時に、渋谷に当時「子ども調査研究所」というのがあって。僕はそこでアルバイトをしていたんですね。アルバイトと言いながら、まる2年間毎日ね、その会社に朝出勤をして夕方まで働いていたんです。

       1|2|3|4|5|6|7 次のページへ

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

アクセスランキング
  • 本日
  • 週間