本記事は、書籍『誰が科学を殺すのか 科学技術立国「崩壊」の衝撃』(著・毎日新聞「幻の科学技術立国」取材班 、毎日新聞出版)の中から一部抜粋し、転載したものです。毎日新聞の取材班が綿密な調査で迫った、日本の科学技術凋落(ちょうらく)の実態。大学の研究現場や、科学技術政策に携わってきた政治家、そして企業にも切り込んだ本書。企業の取材先は、電機メーカーのほか、バイオベンチャー、自動車業界にも渡りますが、今回はNECの事例に迫ります。
「量子コンピューターを共同開発したい」
03年ごろ、茨城県つくば市のNEC基礎研究所(当時)を2人の外国人男性が訪れた。それぞれカナダのベンチャー企業の副社長、特許担当と名乗った2人は、「私たちは量子コンピューターに関する、ある特許の使用権(ライセンス)を持っている」と話し、共同研究のメリットを強調した。
量子コンピューターとは、現在のスーパーコンピューターを遥(はる)かにしのぐ計算能力を持つと言われる「未来のコンピューター」だ。
量子とは、粒子と波の性質を併せ持つミクロな粒子のことで、物質を形作る原子や、その原子を構成する陽子や電子、中性子、さらにニュートリノなどの素粒子を指す。量子の世界では、マクロな世界の古典力学は通用しない。代わりに量子力学という特殊な理論に従って振る舞い、常識では捉えがたいが、さまざまな状態が同時に重なり合って存在する。
通常のコンピューターは電気信号を用い、電流が流れている状態を「1」、流れていない状態を「0」と考え、1か0のどちらかの値を取る「ビット」という基本単位を使って計算する。
一方、量子は1でもあり、0でもある「重ね合わせ」の状態をとれるので、量子コンピューターでは2ビットなら2×2で4通り、Nビットでは2のN乗通りの処理が同時にできることになる。ビット数を増やせば、既存のコンピューターではとても計算できないほど複雑な問題も、極めて短い時間で計算できると期待されている。通常のコンピューターのように幅広い計算に使える「汎はん用よう型」と、特定の計算に強い「特化型」がある。
現在、各国の企業や研究機関が量子コンピューターの開発にしのぎを削っているが、03年当時は、まだ基礎研究が始まったばかりの段階だった。
「突然の話だったので驚いた。怪しげだなと思った」。二人の外国人男性にNECの研究員として応対した中村泰信氏はそう振り返る。
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