前述の通り、量子ビットは「1」と「0」の重ね合わせの状態になっている。これは通常の電気信号ではなく、絶対零度近くの極低温でできる超伝導などを使っているが、寿命が非常に短く、ナノ秒(ナノは10億分の1)か、長くてもマイクロ秒(100万分の1)単位しかない。外部からの衝撃や振動で、すぐにエラーを起こすという難点もあった。
ロイド氏は、これらを克服できるとする「特化型」の量子コンピューターの理論に早くから着目し、「実現の可能性がある」とDウエーブシステムズ社に開発を提案した。同社はそれを受け入れ、特化型の開発に転換。いち早く実用化にこぎつけた。
実はロイド氏は、00年にNECとも量子コンピューターの共同研究契約を結び、何度も基礎研究所を訪れては、特化型の可能性を説明している。だがNECは、当初から目指していた「汎用型」の開発に固執し、結果的に後れを取った。
もし、Dウエーブシステムズ社との共同研究が実現していたら、あるいはロイド氏の助言を採用していたら、どうなっていただろうか。
蔡氏は「(方針転換が難しい)大企業病のようなものがあったかもしれない。当時は僕たちのグループが世界の最先端を行っていたのに、先を越されたことは残念だ」と悔やんだ。
08年のリーマン・ショック以降、NECはかつて世界一の売上高を誇った半導体をはじめ、パソコン、リチウムイオン電池などの事業を次々に売却する。
それに伴い、研究体制も縮小の一途をたどった。07年度には年間約3500億円あった研究開発費は、18年度には約1000億円まで落ち込んだ。研究員たちも次々にNECを離れ、中村氏は東京大教授、蔡氏は東京理科大教授にそれぞれ転身している。
研究開発に時間とカネがかかる「ものづくり」を減らしたNECだが、量子コンピューターの開発は継続している。18年には、特化型を23年までに独自開発する目標を掲げている。
もともと開発を目指してきた汎用型についても、文部科学省の事業に参画し、100量子ビットの実機開発を目指している。事業の代表を担うのは、かつてNECに在籍した中村氏だ。
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