コンビニやスーパーのレジで暴言 妻に先立たれた61歳元部長がクレーマーと化す現実コロナ禍を機に考える「定年後の自分」(4)(1/2 ページ)

» 2020年05月23日 05時15分 公開
[高田明和ITmedia]

 「朝、店頭に並べない現役世代を尻目にマスクを買いだめする老人」

 「本当は在庫を隠しているのだろうと店員に食い下がる高齢男性」

 「列に割り込み、注意した人に暴力を振るう70代男性」……。

 今回のコロナ禍では日本全体が緊張感につつまれるなか、一部の高齢者による地域社会でのモラルが皆無な行動に対し、「暴走老人」などといった批判が生まれ、新たな火種となりそうな状況です。一方で、高齢者がなぜそのような行動に走るのかを、自分の将来の姿に重ね合わせながら考えるきっかけにもなった人は多いのではないでしょうか。

 定年を境に男性は、それまでの会社生活とは異なる環境変化に戸惑い、なかにはうつや認知症を引き起こしたり、病気までとは言わないまでも、怒りっぽくなったり、暴言や奇行が目立つようになったりするケースが見受けられます。それらは介護や認知症並みに地域や家庭での深刻な問題になっているのが現実です。

 そこで大事なのが50代の現役のうちに、定年後のさまざまなことを想定しておき、準備しておくことです。この連載では、『定年を病にしない』(ウェッジ刊)より、医学博士の高田明和氏が、50代のうちに「定年後の自分」に早く向き合う必要性を事例とともにお伝えします。今回は、定年後に地域や家庭で孤立を深めていった男性の事例です。

photo 理想の自分を演じることが他人から評価される近道だ(写真提供:ゲッティイメージズ)

定年後の「孤独」を遠ざけられない人が陥る問題行動

 製薬会社で営業本部長として忙しく働いてきた敦史(61歳)は、4年前に突然妻を亡くしたのを機に早期退職し、寂しいながらも悠々自適の生活を送っていた。

 だが、最近になってイライラすることが増えていた。コンビニやスーパーのレジで店員がもたついたり、病院での対応が悪かったりすれば、自分でも驚くほどの暴言を吐くことさえあった。このイライラはエスカレートし、店員の対応が完璧でも、その手際のよさに温かさがなければイラつくほどだった。そのうちコールセンターにも電話をかけるようになり、「おまえでは話にならん。責任者を呼べ!」などと暴言を吐くようになった。 

 ただ、暴言を吐く相手は女性か気の弱そうな男性ばかりで、敦史もそのことに気づいて恥ずかしく思い反省することもあったが、改善することはなかった。


 敦史さんは忙しく働いていたので、定年後は奥さんとの生活を楽しみにしていたのかもしれません。早期退職をしたのも奥さんを喪(うしな)ったショックが、あまりにも大きかったからでしょう。喪失感や寂しさからくる孤独が暴言の引き金となったのでしょう。暴言はいけませんが、私も7年前に妻を亡くしましたから、敦史さんの気持ちは分かります。

 私と妻は特殊な夫婦だったといえます。妻とは大学入学時に知り合って付き合うことになり、大学院や米国(アメリカ)留学でも一緒でした。帰国後は浜松医科大学で、ともに研究生活を送っていたので、ここまで時間を共にした夫婦はめずらしいといえるでしょう。まさか突然妻が亡くなるとは思っていませんでしたから、実感がなかったくらいです。

 妻とはよく旅行したのですが、妻がいなくなってからは、旅行したいと思わなくなりました。旅先で美しい景色などを見ても、妻とそのことについて、いろいろと話せるから楽しかったのです。それができない今となっては、旅行する意味がありません。ほかの人と旅行の楽しさを共有したいとも思いません。旅行は、私の横に妻がいたからこそ、楽しかったのです。

 老後の三大不安として「健康」「お金」「孤独」が挙げられますが、最も深刻なのが「孤独」です。私も高齢者なので例外ではありません。ただ、妻を亡くして孤独に感じることはありますが、幸い働くことで孤独を遠ざけることに成功しています。仕事で出会う人たちとの時間が楽しいのです。

 近年では、雑誌やテレビ、ネット記事で「キレやすい老人」「暴走老人」「高齢クレーマー」などのタイトルをよく見かけるほど、一部の高齢者の問題行動が取り上げられています。今回のコロナ禍でもしばしば報じられていました。これはおそらく孤独が引き金になっているのでしょう。最近では、「暴言・暴力を許しません」と張り紙をした病院や老人介護施設も増えているといわれているくらいです。

 敦史さんのように出世した人ほど、定年後は働いていたときのように権威が通用せず、ギャップが大きい。そのため承認欲求が満たされず、問題行動につながりやすいのです。奥さんを亡くして孤独な生活を送っていれば、暴走が止まらないでしょう。

photo 出世した人ほど、定年後は働いていたときのように権威が通用せず、ギャップが大きい(写真提供:ゲッティイメージズ)
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