新型コロナウイルスの感染拡大を受け、約3カ月遅れとなった6月19日、いよいよプロ野球が開幕する。そのプロ野球史上に残る名将・野村克也監督が2020年2月にこの世を去った。ヤクルトスワローズを3度日本一に導いた手腕は今も色あせることはない。その卓越した理論と、人間の本質を見抜いた指導法は、野球というスポーツにとどまらず、ビジネスパーソンにとってもリーダーシップや部下育成の方法などの分野で応用可能なもので、まさに後世に残すべき知的財産ともいえるものだろう。
その野村の「遺言」ともいえる著書が、元プロ野球選手の江本孟紀との共著『超一流 プロ野球大論』(徳間書店)だ。野村と江本が対談する形で、両氏のプロ野球界についての持論が展開されている。そして「名伯楽とその愛弟子(まなでし)が令和に遺す、最後のプロフェッショナル論」と銘打たれている通り、組織の上司と部下の在り方にも一石を投じる内容だ。
今回は、その『超一流 プロ野球大論』の中からビジネスや部下の育成に関わる部分を抜粋してお届けする。まず前編では、日米のプロ野球ビジネスの違いや、地上波での全国放送がなくなってしまった日本のプロ野球ビジネスの課題を語った部分を公開する。(一部敬称略)
江本: 僕が阪神にいたころ(1976年〜81年)は、「阪神―巨人戦」だけが唯一甲子園球場のチケットが完売、5万人も6万人も観客を集めた。実はそれ以外の対戦カードは、1万人も入らなかったんですよ。皆さん、勘違いしている。それが、相手チームを問わず満員になるようになったのは、野村監督になってからなんです。
空前絶後の観客動員。『純金ノムさん人形』って100万円の人形が6つ、全部売れた。『ダンシングノムさん』とかも発売された。要するに野球の現場は弱くても、監督目当てで客が来て、監督の人気でメシが食えることを覚えたんです。だから3年連続して最下位にはなったけど、野村監督の存在が「阪神の経営」を変えたんです。
戦力はもちろん、そういう意味でも野村監督は阪神の土台を築いたんですよ。「監督で儲(もう)ける」システムを。
みんな、分かってない。いや球団経営者は分かっているのか。だから、せこく商売を始めて、今日に至っている。野村監督の次は星野仙一監督を持ってきた。それでまた商売になる。強いとか弱いとか関係なく、客が来る。監督の顔ぶれは岡田彰布、真弓明信、和田豊、金本知憲、矢野燿大……、と続きました。
でも、ビジネスとして儲かっても、チームは強くならないですよ。根拠がないですから。野村監督が強くなる上で大切にしている「根拠」が。
野村: 「球団社長」というのは、親会社役員が子会社(球団)に出向しているのがほとんどだ。「親会社出世ライン」から少し『休憩』しているわけだ。だから球団の利潤を上げることにより、親会社復帰を虎視眈々と狙っている。
利潤を上げるには、売り上げを大幅に伸ばすか、経費を節減するかの2つに1つ。優勝すると「年俸」という名の人件費が大きくかさむ。優勝しなくても、選手の補強費はあまりかけたくないのが本音なのだ。
ある人がワシに言ったことがあるんだよ。「阪神は10年に1度、優勝してりゃいい。あまり優勝されると困る。選手の年俸ばかり上がるんだ」。
03年と05年の優勝のことかな。でも、それからもう14年も優勝から遠ざかっている。
江本: 飽きられますからね、あまり優勝しちゃうと。強さに対して「飽き」が出ちゃう。弱いから、阪神を応援したい。「応援したくなる」というのが1つの「トレンド」になった。
弱い者を温かく見守る風潮や空気といったものが、いつの間にか各球場で「市民権」を得ている。例えばいま横浜スタジアムや神宮球場のチケットがなかなか取れないんですよ。横浜は98年以来、20年も優勝していない。
だから、「弱くてもビジネスになる」という事実を、よきにつけあしきにつけ最初に気付かせたのが野村監督だったんですね。それをよその球団がマネし始めたんです。広島の『カープ女子』にしても、あれ、阪神を参考にしたんです。
野村: メジャーへ行くと何かいいことがあるのか?
江本: 自分の実力が通用するか試したいという目的はあるでしょうけど、カネがめちゃくちゃいいですよ。
野村: カネか。
江本: 主力投手はだいたい年俸20億円です。1年ですよ。そりゃ、張本勲さんと言い合いするはずですよ(編集部註/TBS『サンデーモーニング』での張本の発言について、ダルビッシュがTwitterで反論)。
イチローなんて100億以上もらっているらしい。しかも年俸はローンで支払われるから、50歳ぐらいまではマリナーズから毎年何億円か振り込まれ続ける。もちろん、松井秀喜だって似たようなものです。
野村: すごいな。(編集部註/19年12球団支配下全731選手の平均年俸は3985万円)
江本: メジャーの年金は、2000万〜3000万円(推定)だから、まあ、そんなに言うほどのものでもないですけど、要するにそれまでの貯金がすごいわけですよ。使い道に困るでしょうね。だから、女房と子どもはニューヨークかロサンゼルスにいて、誰も帰ってこない。学校もいいですしね。
野村: メジャーって、何でそんなカネがあるんだ?
江本: マネーゲームですよ。投資家が集まって、ファンドを作って、球団の価値を上げてはよそに売って、その「上がり」で稼ぐ。
野村: みんな、メジャーに憧れるな。そういうのを聞いたら。
江本: メジャーの監督は年俸1800万〜2000万らしいですよ。日本みたいに1億も2億ももらえない。だから、スーパースターはやらないですよ。「オレ、もうちょっと野球の指導をしたい」ようなヤツしか。そういう意味では「監督の権限」は日本のほうがかなりあるわけです。
選手に関しては「メジャーにいずれ行かせる」ことを条件で入団させる球団も増えてきました。
野村: 「海外FA権」の資格(9シーズンの出場選手登録日数が必要)があるとはいえ、せっかくいい選手になったと思ったらメジャーへ行かれるとなると、日本のプロ野球界は「空洞化」しちゃうな。
江本: 韓国プロ野球は、国内ドラフトを拒否して外国球団に行ったら、もしそこで戦力外を受けても国内球団には2年ぐらい復帰できない。
野村: 日本も厳しくしたほうがいいと思うんだよな。
江本: 日本は甘いんですよ。メジャーに行った選手が日本球界に復帰したら、「男気がある」だなんて、もてはやす。僕らがそういうことを言ったり、野村監督とか張本勲さんとかレジェンドが話したりすると、頭ごなしに「おかしい」って批判される。そんな風潮はどうかと思う。
野村監督の現役時代の4番バッターはもちろんレギュラーって、当時は130試合制だけど、全イニング出ていましたよね。ケガして休むなんていうのは、まず失格。
野村: そう、「無事これ名馬」。王貞治も長嶋茂雄も、まずそれが大前提だった。ワシだって、谷繁元信に抜かれるまで、通算3017試合出場は日本記録だった。
江本: 最近ではケガして休んでいたのが復帰したら、もう美談でみんなが祭り上げてくれる。秋山翔吾(西武→レッズ)は「5年連続全イニング出場」ですよ。打率も毎年3割以上。地味だけど、記録的には彼こそ大選手なんです。
野村監督だって、フィジカル面は頑丈だし、打撃もリードも、メジャー・リーグで絶対通用していましたよ。
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