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» 2020年06月19日 13時31分 公開

野村克也と江本孟紀が語った「日米“プロ野球ビジネス”の決定的な違い」野村克也と江本孟紀『超一流』の仕事術(1/3 ページ)

故・野村克也と江本孟紀の共著『超一流 プロ野球大論』の中からビジネスや部下の育成に関わる部分を抜粋してお届けする。前編では、日米のプロ野球ビジネスの違いや、地上波での全国放送がなくなってしまった日本のプロ野球ビジネスの課題を語った部分を公開する。

[野村克也、江本孟紀,ITmedia]

 新型コロナウイルスの感染拡大を受け、約3カ月遅れとなった6月19日、いよいよプロ野球が開幕する。そのプロ野球史上に残る名将・野村克也監督が2020年2月にこの世を去った。ヤクルトスワローズを3度日本一に導いた手腕は今も色あせることはない。その卓越した理論と、人間の本質を見抜いた指導法は、野球というスポーツにとどまらず、ビジネスパーソンにとってもリーダーシップや部下育成の方法などの分野で応用可能なもので、まさに後世に残すべき知的財産ともいえるものだろう。

 その野村の「遺言」ともいえる著書が、元プロ野球選手の江本孟紀との共著『超一流 プロ野球大論』(徳間書店)だ。野村と江本が対談する形で、両氏のプロ野球界についての持論が展開されている。そして「名伯楽とその愛弟子(まなでし)が令和に遺す、最後のプロフェッショナル論」と銘打たれている通り、組織の上司と部下の在り方にも一石を投じる内容だ。

 今回は、その『超一流 プロ野球大論』の中からビジネスや部下の育成に関わる部分を抜粋してお届けする。まず前編では、日米のプロ野球ビジネスの違いや、地上波での全国放送がなくなってしまった日本のプロ野球ビジネスの課題を語った部分を公開する。(一部敬称略)

phot 野村克也(のむら かつや)1935年京都府生まれ。京都府立峰山高校卒業。54年、テスト生として南海ホークス(現福岡ソフトバンクホークス)に入団。3年目でレギュラーに定着すると、以降、球界を代表する捕手として活躍。70年には南海ホークスの選手兼任監督に就任し、73年にパ・リーグ優勝を果たす。78年、選手としてロッテオリオンズ(現千葉ロッテマリーンズ)に移籍。79年、西武ライオンズに移籍、翌80年に45歳で現役引退。90年、ヤクルトスワローズの監督に就任。低迷していたチームを立て直し、98年までの在任期間中に4回のリーグ優勝(日本シリーズ優勝3回)を果たす。99年〜2001年、阪神タイガース監督。06年〜09年、東北楽天ゴールデンイーグルス監督。20年2月に逝去(徳間書店提供)
phot 江本孟紀(えもと たけのり)1947年高知県生まれ。高知商業高校、法政大学、熊谷組(社会人野球)を経て、70年に東映フライヤーズ(現・北海道日本ハムファイターズ)入団。以降、南海ホークス(現・福岡ソフトバンクホークス)、阪神タイガースで活躍。81年、現役引退。現在は野球解説、講演会、執筆活動などを通じて、野球界の発展に力を注ぐ(撮影:山本宏樹)

「監督で儲ける」阪神の経営システム

江本: 僕が阪神にいたころ(1976年〜81年)は、「阪神―巨人戦」だけが唯一甲子園球場のチケットが完売、5万人も6万人も観客を集めた。実はそれ以外の対戦カードは、1万人も入らなかったんですよ。皆さん、勘違いしている。それが、相手チームを問わず満員になるようになったのは、野村監督になってからなんです。

 空前絶後の観客動員。『純金ノムさん人形』って100万円の人形が6つ、全部売れた。『ダンシングノムさん』とかも発売された。要するに野球の現場は弱くても、監督目当てで客が来て、監督の人気でメシが食えることを覚えたんです。だから3年連続して最下位にはなったけど、野村監督の存在が「阪神の経営」を変えたんです。

 戦力はもちろん、そういう意味でも野村監督は阪神の土台を築いたんですよ。「監督で儲(もう)ける」システムを。

 みんな、分かってない。いや球団経営者は分かっているのか。だから、せこく商売を始めて、今日に至っている。野村監督の次は星野仙一監督を持ってきた。それでまた商売になる。強いとか弱いとか関係なく、客が来る。監督の顔ぶれは岡田彰布、真弓明信、和田豊、金本知憲、矢野燿大……、と続きました。

 でも、ビジネスとして儲かっても、チームは強くならないですよ。根拠がないですから。野村監督が強くなる上で大切にしている「根拠」が。

野村: 「球団社長」というのは、親会社役員が子会社(球団)に出向しているのがほとんどだ。「親会社出世ライン」から少し『休憩』しているわけだ。だから球団の利潤を上げることにより、親会社復帰を虎視眈々と狙っている。

 利潤を上げるには、売り上げを大幅に伸ばすか、経費を節減するかの2つに1つ。優勝すると「年俸」という名の人件費が大きくかさむ。優勝しなくても、選手の補強費はあまりかけたくないのが本音なのだ。

 ある人がワシに言ったことがあるんだよ。「阪神は10年に1度、優勝してりゃいい。あまり優勝されると困る。選手の年俸ばかり上がるんだ」。

 03年と05年の優勝のことかな。でも、それからもう14年も優勝から遠ざかっている。

江本: 飽きられますからね、あまり優勝しちゃうと。強さに対して「飽き」が出ちゃう。弱いから、阪神を応援したい。「応援したくなる」というのが1つの「トレンド」になった。

 弱い者を温かく見守る風潮や空気といったものが、いつの間にか各球場で「市民権」を得ている。例えばいま横浜スタジアムや神宮球場のチケットがなかなか取れないんですよ。横浜は98年以来、20年も優勝していない。

 だから、「弱くてもビジネスになる」という事実を、よきにつけあしきにつけ最初に気付かせたのが野村監督だったんですね。それをよその球団がマネし始めたんです。広島の『カープ女子』にしても、あれ、阪神を参考にしたんです。

phot 野村監督が最後にくれたご褒美だという本(『超一流 プロ野球大論』)を持っての一枚。「僕にとって人生の宝物ですね」と笑った(撮影:山本宏樹)
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