実は、現状のイーサリアムの混雑を解消する技術はすでに登場している。「レイヤー2」と呼ぶ技術群だ。イーサリアムのブロックチェーンの「本線」が混雑しているなら、それとは別の「バイパス」を作ればいい――この発想のもと登場した技術がレイヤー2だ。この分野では、ステートチャネル、サイドチェーン、プラズマ(Plasma)と呼ぶ技術が提案されている。
日本のスタートアップ企業Cryptoeconomics Lab(東京都新宿区)の共同創設者である落合渉悟氏は、プラズマ技術に注力してきた。同社は電力、電子為替手形取引、医療データアクセス権のような分野で、プラズマ技術を企業システムに適用するPoC(実証実験)を進めている。現状のイーサリアム1.0の処理能力は毎秒15取引(tps)が理論上の上限とされているが、プラズマはこの上限を取り払う。「理論上は、大型の決済システムである『Visa』の性能を上回り、世界最大クラスの中国『アリペイ』に並ぶ性能が出せる」と落合氏は言う。
レイヤー2技術、特にプラズマはイーサリアムのセキュリティ(耐攻撃性、耐改ざん性)を引き継ぎながら高速処理が可能だ。ブロックチェーン技術の応用としては最先端といえる。ただし、落合氏によれば、プラズマにも1つの制約がある。
レイヤー2技術の制約は「グローバル・ステート(Global State)」が使えないことだ。グローバル・ステートとは「特定の所有者を持たないデジタル資産」を表現できる技術的な手段である。
前述したようにDeFi(分散型金融)と呼ばれているイーサリアム上のサービスが多数登場している。ステーブルコイン発行、分散型取引所(DEX)や貸し付け(レンディング)など多くのDeFiサービスでは、「流動性プール」にユーザーがデジタル資産を預ける機能を含む。グローバル・ステートはこのような機能を実現するための技術的な手段だ。ブロックチェーン上では「流動性プール」は特定の所有者がいない資産として表現される。
イーサリアムの大きな特徴の1つが、このグローバル・ステートを表現できること、つまり特定の所有者を持たない流動性プールを扱えることだ。落合氏の説明によれば、ビットコインやFacebookが推進するLibraではグローバル・ステートや流動性プールは扱えない。
グローバル・ステートを使うと、「あたかも個人が(特定の個人や法人ではなく)世界と契約するのに等しい状態を作れる」と落合氏は言う。DeFiのような応用が出てきた1つの背景は、このイーサリアムの技術的な特性だ。
バイパス(レイヤー2)ではなく本線(イーサリアムのブロックチェーン)を使わないと実現できないこと、それがグローバル・ステートであり、特定の所有者を持たないデジタル資産の流動性プールであり、「世界との契約」であるわけだ。
今、イーサリアム高速化技術として注目が高まっている技術が、「オプティミスティック・ロールアップ(Optimistic Rollup)」と呼ぶ技術だ。他のレイヤー2技術とは違う性質を持つことから、最近は「レイヤー1.5」と呼ばれている。これは現状のイーサリアム1.0の段階で高速化を達成しながらグローバル・ステートを実現する唯一の技術といわれている。
オプティミスティック・ロールアップは基本機能の実装をほぼ終え、この20年9月からテストネットが稼働開始する見込みだ。現状のイーサリアム1.0の処理能力の上限は毎秒15取引(理論値)だが、オプティミスティック・ロールアップを組み合わせることで毎秒500取引まで処理性能を高められる。しかも、レイヤー2とは異なりグローバル・ステートを実現できる。原理的にはDeFiサービスなども載せることが可能だ。
今回取りあげたプラズマやオプティミスティック・ロールアップも、名前を聞いたことがない読者の方が多いかもしれない。イーサリアムのジレンマの1つは、あまりに多くのプロジェクトが同時に走っているので、全部を把握することが難しいことだ。
ここで、図を見ていただきたい(拡大しないとよく読めないが)。これはヴィタリック・ブテリンの構想を図にしたものだ。同時並行で進む多くのプロジェクトが組み合わさり、次世代のイーサリアム技術を構築していく。全部が生き残るかどうかは分からない点も含めて、複数の可能性が一枚の図に書き込まれている。
今は名前が知られていない技術の中から、将来の社会を変える仕組みが立ち上がってくるかもしれない。インターネット技術として研究されてきた無数の技術の中からWebが登場したように、そして検索エンジンやEコマースやSNSが登場してきたように、価値の移動やプログラミングが可能なプラットフォームは私たちの社会を変えていく可能性がある。ブロックチェーン技術の高速化とは、潜在的にはそのようなインパクトを秘めた技術なのである。
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