成功した一発以外は“多産多死” チャイナ・イノベーションのスピード感を支える「野蛮な戦略」とは?プロトタイプシティ 深センと世界的イノベーション (3/5 ページ)

» 2020年08月31日 05時00分 公開
[澤田翔ITmedia]
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その場限りの対応である「アドホックモデル」

 先の中国人開発者が述べたやり方は、そのどちらにも該当しない。実はウォーターフォールが生まれる前の開発モデルがある。モデルと言っていいのか分からないが。

 とりあえずプログラムを組んでみる。そこで問題があれば改善をするというシンプルなやり方だ。アドホックモデル(その場限りの対応モデル)や、ビルド&フィックスモデルなどと呼ばれている。全体的な方向性が定められない、改善要求が続けば制作期間が無限に延長しかねないなど、日本では批判的に言及されることが多いモデルだ。

 だが、中国では初期段階にあるスタートアップの多くが、このアドホックモデルを採用しているようだ。工程分割もコミュニケーションもとりあえず措(お)いておいて、まず作る。拡張性や保守性は二の次でいいという発想だ。

 前述した通り、ウォーターフォールにせよ、アジャイルにせよ、能力を持った人材が必要。言い換えれば難易度が高く、コストが掛かる。スタートアップにとっては何よりスピードが命で、どんなにしょぼくてもいいからプロダクトがいったん形にならなければ話にならない。バグはあるだろうが、それよりも動くものを作らなければ、市場にニーズがあるかという、より重要な判断ができない。

 エンジニアの能力が低いからやむなくアドホックモデルを選択しているとみえなくもないが、興味深いのは一定以上の開発能力を備えた大企業であっても、この「完成度よりも速度」を重んじている点だ。

 中国IT企業テンセントのオンライン講座、有料知識サイトの知乎(チーフー)、ソフトウェアエンジニア向けWebコミュニティーの掘金(ジユエジン)などで公開されているプログラミング教本をリサーチしたところ、テスト、構造化、共同開発など、完成度を上げるための手法に関してはほとんど言及がない。

 例えば自動テストについて、テンセントのオンライン講座全体で言及している記事はわずかに20件。一方、グローバルで展開しているオンライン講座のUdemyでは3000件もヒットする。教材からもウォーターフォールやアジャイルに必要な工程管理が抜け落ちているのだから、能力や勉強不足の問題ではなく、中国のニーズの問題ではないだろうか。

 他にもテンセントのエンジニア採用試験の問題が公開されていたが、どうプログラムを組むかに関する質問はあっても、日本でよくあるような質問、例えば品質向上のための取り組みやトラブルが起きた時の対策については見当たらなかった。

深センにあるテンセント本社

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