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「液化水素運搬船」先駆者の川崎重工 河野一郎常務に聞く「韓国や中国がまねできない技術」生き残りをかけた技術競争(1/2 ページ)

» 2021年05月07日 08時53分 公開
[中西享ITmedia]

 総合重機大手の川崎重工業が水素ビジネスに本腰を入れている。菅義偉首相が2020年12月に発表した脱炭素計画では、水素エネルギーの利用が重要な役割を果たすとされた。川重はこの分野で造船技術を生かして液化水素運搬船を建造し、液化水素の海上輸送部門でトップランナーの役割を担おうとしている。

 同社で液化水素運搬船開発・建造を担う船舶海洋ディビジョンの責任者である河野一郎常務・エネルギーソリューション&マリンカンパニーバイスプレジデント兼船舶海洋ディビジョン長にインタビューした。

photo 河野一郎(こうの・いちろう) 1981年に川崎重工業に入社、2010年に船舶海洋カンパニー神戸造船工場工作部長、16年に執行役員、同カンパニーバイスプレジデント、20年4月から常務、カンパニープレジデント。21年4月からエネルギーソリューション&マリンカンパニーバイスプレジデント兼船舶海洋ディビジョン長。63歳。福岡県出身

オーストラリアから液化水素を輸入

 日本政府が17年12月に公表した水素社会実現のための基本戦略によると、30年には水素を燃料とする発電所を商業化し、原子力発電所1基分の100万KW(キロワット)程度の発電を実現する計画だ。自動車の分野では燃料電池自動車(FCV)を30年に80万台、水素を燃料とする燃料電池バスを1200台程度導入することを目標としている。しかし、この目標を実現するためにはクリアしなければならない課題も多い。

 第一は、30年の段階で必要となる水素燃料を確保することだ。ある程度の水素は製鉄所などから出る副生水素で賄えるものの、発電用途として利用するには不足する。そのために同社はオーストラリアに無尽蔵にある「褐炭」に着目した。低品質な石炭である褐炭から水素を取り出して液化し、体積を気体の1/800とした液化水素を30年に年間約30万トン輸送する計画だ。

 オーストラリアはクリーンエネルギーが求められる今の時代に石炭を輸出するのはふさわしくないとして、褐炭から製造した液化水素を輸出するプロジェクトを国として推進している。液化水素は石油のように価格が大幅に変動するリスクも少ない。このため同国は安定的に液化水素のサプライチェーン(供給調達網)が構築できるとみている。

 現在、液化水素が気化した水素ガス1立方メートル当たりの価格は、30円程度と試算している。日本とオーストラリア間の大量輸送サプライチェーンが稼働すれば、50年には20円程度に下げるのも可能と考えていて、現状のLNG(液化天然ガス)を燃料とした火力発電や、再生可能エネルギーと比較しても競争力があるものになる。欧州でも水素はクリーンエネルギーとして着目されてきていて、風力や太陽光などの再生エネルギーと並び、脱石油の新しいエネルギー源として有望視されつつある。

photo 一度に16万立方メートルの液体水素が運べる大型液化水素運搬船の完成予想図

20年代半ばに大型船建造

 川崎重工業は10年ころ、次の事業の柱となるプロジェクトの検討を始めた。脱炭素の動きが強まる中で浮上したのが水素エネルギーだったという。15年には日本とオーストラリア政府が、褐炭から製造した液化水素を輸送するプロジェクトを採択し、同社が液化水素運搬船、液化水素の積荷・揚荷基地の建造、建設を担当している。

 河野一郎常務は「この4月にプラント部門と船舶部門を統合した『エネルギーソリューション&マリンカンパニー』を作り、本社では水素のサプライチェーンを確立するための『水素戦略本部』を立ち上げました。日本政府の基本戦略に沿って水素関連の技術開発を促進していきます。これまでLNG船で培ってきた断熱技術などを生かして、30年以降に必要となってくる大型の液化水素運搬船の実用化を急ぎたい」と意気込む。

 同社では現在、先述の褐炭水素プロジェクトを進めている。現在、1250立方メートルの液化水素を運べるパイロット船「すいそ ふろんてぃあ」を建造し、完工間近だ。コロナ禍が落ち着けば日本とオーストラリア間で液化水素の運搬について安全性などの実証試験をする。

 この実証結果を受けて20年代半ばまでに、16万立方メートルの液化水素を一度に運べる球形タンクを有する大型運搬船を竣工させる計画であり、これは世界に先駆けた取り組みだ。

 当初の計画では30年ごろまでに、大型運搬船2隻を建造・運用して年間30万トンの液化水素を海外から調達。その後50年ころには80隻ほどまでの拡大を見込んでいた。だが、20年12月に政府が発表したカーボンニュートラル計画では、水素導入量は10倍にあたる300万トンに大幅上方修正されたため、「それ以上の需要が見込めるのではないかと考えています」(河野常務)と期待している。

photo 海上試運転を行う液化水素を運ぶパイロット船「すいそ ふろんてぃあ」 
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