金融にSaaSモデルで挑むウェルスナビ 国内ロボアドで一人勝ち(2/3 ページ)

» 2021年05月19日 07時00分 公開
[斎藤健二ITmedia]

預かり資産増加の方程式

 SaaS企業の事業モデルでは、その期間での営業収益よりも重要な指標として、恒常的な収益を示すARRがよく使われる。毎月繰り返し得られる収益をMRRとし、それを12倍したものがARRだ。

 これはSaaS企業が、一度獲得した顧客からは継続的に収益が上がることを前提とした「積み上げ型」のビジネスモデルであるためだ。獲得した顧客から将来にわたって収益を稼ぎ出すことから、その企業の真の稼ぐ力を測るには、直近四半期の収益額よりもARRのほうが重要だと見られている。

ウェルスナビのARRと営業収益の推移

 このときに重要になるのが、2つの要素だ。1つは解約率で、ウェルスナビでは平均月次解約率を1%以下だとしている。もう1つは顧客あたりの収益額だ。SaaS企業では、ARPU(ユーザー1人あたりの月間収益)と表現することが多いが、ウェルスナビの場合、ユーザー1人あたりの預かり資産残高が、それに該当するだろう。

 同社は、この数値の伸び率について、「Net AuM retention」という数字で公開している。これは新規顧客の預かり資産が、その後年間で何パーセントまで増加したかを、市場変動部分を含まずに計算した指標だ。いわば、顧客が年間どのくらい追加で積み立てたかを表している。直近の数字は120%超であり、つまり当初100万円を預け入れた顧客が、1年間で20万円以上を追加で積み立てたということを意味する。

 これはSaaSモデル的にいえば、ARPUが年間20%増加しているともいえる。

顧客獲得の方程式

 もう1つの重要KPIである顧客数については、各銀行や証券会社との提携によるものと、直販による獲得がバランス良く増加している。提携パートナーは17社となっており、今後も年間4〜5社を追加とペースを変えずに増加させる計画だ。

 直販の顧客増加については、SaaS企業の例に漏れず、広告をメインで使用する。現在、四半期で2〜3億円規模の広告出稿を継続しており、「広告宣伝費は規律を設けた上で、第3四半期(7-9月)から積極投下」(柴山氏)する計画だ。

 SaaS事業モデルで重要となる顧客1人あたり獲得コスト(CAC)について、同社は明らかにしていないが、年間8万人の顧客獲得数の半分が直販だとすると、年間11億5000万円を広告宣伝費に投下していることから、CACは2万8000円前後だと推定される。

四半期ごとの広告宣伝費と、顧客増数の推移(ウェルスナビ財務諸表より編集部作成)

 顧客1人あたりの預け入れ資産額150万円のうち、1%が収益となるため、年間で1万5000円。ざっと、2年で顧客獲得コストを回収できる計算だ。一般的なSaaSでは、顧客獲得コストの回収期間は12カ月以内が理想とされている。2年での回収はセオリーよりは長くなるが、10年以上の利用意向が66%に達する現状を踏まえるとLTV(生涯顧客価値)も大きくなる。早期回収よりも顧客獲得を優先しているともいえる。

【訂正:5/21 CACの計算において、広告費に連動する獲得顧客数を4万人として数字および考察を修正しました。】

さらなる広告投下の効果は?

 SaaS事業モデルの基本的な成長スタイルは、市場拡大期に広告宣伝費に先行投資して早期に顧客を獲得し、市場シェアを高めるというものだ。広告宣伝費が先行して発生するため、伝統的な財務諸表では赤字となるのが普通で、そのために収益のポテンシャルを測るARRなどで業績を確認する。

 ウェルスナビでは、さらに積極的な広告投下はどうなのか。柴山氏は、広告の効果は企業の知名度と歩調を合わせる必要があると話す。

 「当初、デジタル広告の費用対効果さえ合わないという状況からスタートした。知らない会社の広告があっても誰もクリックしないからだ。知名度が上がってくると、広告効果が上がってきた。費用対効果が上がってきて、成長機会を逃しているのではないかということからテレビ広告を始めた。信頼や認知度が上がると、また広告宣伝費を効率よく使えるようになる」

 ウェルスナビは広告宣伝費を除いた営業損益では過去4四半期を黒字としているが、年間11億円を超える広告宣伝費が重しとなり、営業損益はマイナスが続いている。

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