AIオンデマンド乗合タクシーの成功の秘訣 全国30地域に展開する「チョイソコ」の事例から前編(3/6 ページ)

» 2022年02月12日 07時00分 公開
[ニッセイ基礎研究所]
ニッセイ基礎研究所

CASEに対応する必要性から、移動サービスの検討をスタート

 まず、チョイソコが始まった経緯や事業の趣旨からお伺いしていきたいと思います。アイシンは、カーナビゲーションや変速機などを主力製品とする自動車部品メーカーですが、チョイソコは、実際に車を走らせて、人を運送するという移動サービスであり、従来の事業とは毛色の異なるものです。この事業に乗り出した背景には、自動車産業を巡る大きな環境の変化があったと思います。

 自動車産業では、ヨーロッパを中心にCO2規制が厳しくなって、従来のガソリン車を作れなくなってきた。そこで、苦境を打開するために、戦略として出てきたのが、「接続、自動運転、シェアリング&サービス、電動化」の4要素を表す「CASE(Connected, Autonomous, Shared & Service, Electric)」です。国内の自動車産業もCASEへの対応を迫られている他、異業種も、自動車市場への新規参入を狙ってCASE関連の事業に投資しています。このような状況の中で、アイシンも新しいサービスを検討され、チョイソコが生まれてきたそうですね。

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加藤氏 経緯を話すと、旧アイシン精機では2015年1月にイノベーションセンターを設立し、さまざまなテーマの新規事業を企画していました。そのような中でCASEという課題が出てきて、当時の伊原保守社長が「うちは部品メーカーだから、CASEのうち自動化(A)と電動化(E)については、主体的にできないよね。ただ接続(C)とシェアリング(S)については、アイシンのブランドで主体的に商品を作ったり、新規事業を行ったりできるんじゃないか」と考えたのです。その内容を具体的に考えるように、という指示が2017年に下り、検討チームができました。

 チームでは当時、いろんな案を考えました。例えば、地域のいろいろな事業所が、デイサービスやデイケア施設への送迎車を走らせているから、うちで配車システムを作って、送迎途中で地域住民も乗せて共同で運んであげたらどうか、ということも考えたようですが、法規制や事業性、効率性の点でうまくいかず、ギブアップした。システムとしては、うちのカーナビゲーション技術の延長でできるライドシェアのようなことを考えていました。

 次に、どこかパートナーがないか探していたところ、愛知県の企業が集まる「中部マーケティング協会」の会合で、うちのスタッフとスギ薬局さんが知り合い、「一緒にやってみない」とお誘いしたら「いいですよ」と言って頂き、一緒に取り組むことになったんです。スギ薬局さんはいろんな自治体と包括連携協定を結んでいたので、自治体に提案するなら、その締結相手の自治体さんが良いだろうということで、いくつかに声をかけ、いちばん前向きだったのが豊明市です。

 でも当時は、どんな人をどんな方法で乗せるかという戦略が、まだフワフワでした。「公用車が平日昼間に空いているから、消防士OBを運転手にして、住民を乗せられたら良いね」という程度でした。そんなうまいこと公用車が空いていたら、そのこと自体がおかしい。それに、必ず安定したサービスじゃないといけないから、「今日は公用車が空いていないからだめ、今日は運転手が空いていないからだめ」というのでは成り立たない。という風に、豊明市と一緒にサービスの絞り込みをしていった。私が着任したのもその辺りからです。

 検討を進めるうちに直面した問題が、既存の公共交通、バスやタクシーへの影響です。路線バスがドル箱にしている路線、豊明市で言うと、藤田医科大学という大きな病院への路線ですが、そのルートでわれわれが同じように新たな乗り物を走らせたり、多数の乗客を獲得できる通勤通学時間帯に走らせたりすると、競合になってしまう可能性があります。であれば、既存の公共交通とは一線を画して、「高齢福祉政策」として、特に高齢者や免許返納した人への移動サービスにすれば、住民も歓迎してくれるし、タクシーともあまりぶつからないだろう、と考えました。その結果、チョイソコの運行時間帯は平日昼間、午前9時から午後4時までという形になったのです。こうして既存の交通事業者との衝突を避けるだけでなく、協調できるように、チョイソコの運転業務をタクシー会社に委託することにしました。これは他の自治体もよくやっている方法です。そういった工夫を入れながら、スキームやサービスを組み立てていきました。

 アイシンはもともと部品メーカーですから、技術的なことは大きな問題なくクリアできたと思いますが、移動サービスを行うには、別の知識やノウハウが必要になります。さまざまな検討の結果、最終的に出来上がったものは乗合タクシーという移動サービスですが、なぜメーカーでありながら、移動サービスに乗り出そうと判断したのですか。

加藤氏  旧アイシン精機のイノベーションセンター自体が、実証実験だけをする位置付けではなく、実際に世にサービスを提供するという目的で設置されました。よくPoC(概念実証、Proof of Concept)と言いますが、イノベーションセンターは「世の中にはこういう可能性があるんじゃないか」というのを新たなサービスにして、実現性を確かめることが求められているのです。これまで、アイシンのお客さまのほとんどはカーメーカーで、一般住民や自治体を対象にしたサービスはほとんど無かった。それじゃいけないだろうと、新規事業を作る部として2015年に設置されたのです。

イノベーションセンターでは、CASE以外にもいろんなことをやってるんですよ。既に市場に出ているもので言うと、美容効果を目的に肌に微細な水粒子を飛ばす商品があります(※1)。私も今では、交通事業者として全国でチョイソコについて講演していますが、5年前まではアフリカで部品を売ってた人間です(笑)。イノベーションセンターは、私のようなマーケティング経験のある社員が集められて、アイデアから実際のサービスにできるように、開発を行っているのです。

(※1)「AIR(アイル)」。アイシンHPによると、大きさ数ナノメートルの水粒子を用いた浸透保湿技術。

 近年は、高齢ドライバーによる交通事故も相次ぎ、高齢者のラストマイル、ファーストマイルは、大きな社会問題となっていますが、もともと交通分野の主要なテーマではありませんでした。チョイソコは、最寄りの駅やバス停留所まで歩くことが難しい高齢者に利用してもらうことで、外出機会を増やすことを主要目的としていますが、なぜ高齢者をサービスのターゲットとしたのですか。既存の公共交通との競合を避けるために選んだのか、または、当初からデイサービス車両の活用を検討されていたということなので、もともとアイシンとして高齢者市場にご関心があったのでしょうか。

加藤氏 地域で新しい移動サービスを始めたら、既存のバス会社やタクシー会社から反対が出ることは予想できたので、「チョイソコは高齢者向けのサービスです」と位置付けて、他の公共交通と差別化できれば、説明が通りやすいと思ったからです。豊明市で最初にサービスを始めるまでに、大変だったのは既存の交通事業者への対応です。チョイソコは現在、全国約30か所に導入されていますが、この説明の仕方は全国で同じです。

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