AIオンデマンド乗合タクシーの成功の秘訣 全国30地域に展開する「チョイソコ」の事例から前編(4/6 ページ)

» 2022年02月12日 07時00分 公開
[ニッセイ基礎研究所]
ニッセイ基礎研究所

既存のバス、タクシー事業者ももうかる仕組みにして
新しい移動サービスを公共交通体系に落とし込む

 次に、豊明市のお話をお聞きしたいと思います。豊明市は、チョイソコの主要な目的として「高齢者の外出促進による健康増進」を掲げられていますね。高齢者福祉施策としては、チョイソコを走らせて外出促進し、介護予防につなげたい、介護費の上昇を抑制したいという目的があったと思います。また、交通施策としても、アイシンから提案を受けた当時は、たまたま路線バスやコミュニティーバスの再編作業中だったそうですね。その辺りの、市として導入に協力してきた背景を教えてください。

photo 図表3 豊明市と協定を締結して高齢者向けサービスを実施している事業所

川島氏 提案があった2017年当時、私がとよあけ創生推進室長として公共交通を担当しており、路線バスとコミュニティーバスの再編作業をしていたのですが、実は私のところへ最初に話がきた訳ではなくて、健康福祉部に持ち込まれたのです。健康福祉部では当時、「地域包括ケアの豊明モデル」と称して、介護保険を使うのではなく、民間企業の力を借りながら、どんどん高齢者の健康増進を進めていこうと考えていました。実際に、さまざまな企業と「公的保険外サービスの創出・促進に関する協定」を結び、いろんなサービスを進めていました(図表3)。

 その一つが、隣接する名古屋市の複合温泉施設「みどり楽の湯」さんの送迎バスです(※2)。豊明市内で送迎バスが走っていたところを職員が偶然見かけたことから、楽の湯さんに協力を持ちかけて、共同でクーポン券を企画したり、市職員が高齢者に直接配布したりして、楽の湯さんへのバスでのお出かけを促しました。結果的に、楽の湯さんは利用客が増え、豊明市の高齢者にはお出かけ先が増えました。その後も、生協さんに購入商品の配送サービスを導入して買い物支援をしてもらったり、民間プール事業者のコパンさんには介護予防教室、スギ薬局さんには消費財メーカーと協力して「簡単お掃除講座」を開催してもらったりと、さまざまな企業と協働して高齢者サービスを進めています。高齢者のニーズを把握している市が、地元企業と高齢者の間を仲立ちし、サービスをコーディネートすることによって、高齢者の健康増進を進めていこうとしているのです。

 そうしたところ、協定を締結していたスギ薬局さんの仲介もあって、アイシンから健康福祉部健康長寿課に「市の公用車を使って、アイシンのデマンドシステムを活用したボランティア輸送をやれないか」という提案が来た。健康長寿課の方は「民間の力で高齢者の健康増進につながることは、どんどんやろう」というスタンスなので、「是非やりましょう」と言ってしまったそうで(笑)。それを市長に事後報告したら、「おいおい、ちょうど今、公共交通の再編作業をやってるのに、そことの組み合わせは大丈夫か」と言われたそうです。結果的には「アイシンと協働してやってもいいけど、打ち合わせには公共交通担当も入れるように」と言われ、第2回の打ち合わせから私が参加したのです。

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 その第2回の打ち合わせでは、私がすごい形相で部屋に入っていったみたいで、スギ薬局の方から後で「怖い人が怒って入ってきたと思った」と言われました(笑)。でも実際、心の中では若干、「われわれがやってる公共交通の再編作業をかき乱すのではないか」という心配もあったし、市長からは「協議をコントロールするように」という命令もありました。

 ちょっと話が反れますが、自治体の福祉担当と公共交通担当は、連携が取れていないところが多いんです。福祉担当は、高齢者個人の困りごとを解決する、とにかく個別の課題解決を最大の目的としています。対する公共交通担当は、できる限り、最大公約数の移動需要を満たすこと、まとめて輸送することを目的としており、個別の移動課題に手当てできるほどの資源を持っていないのです。

 この二つの親和性はなかなか取れないということもあり、当時も、われわれとしても「さあ困ったなあ」というのが率直な気持ちでした。「この話をどうやって公共交通の枠の中にはめて、すみ分けをしていくのだろう」というところが出だしだった。

 検討を進める中で、多分このままアイシンでボランティア輸送をガンガン走らせると、既存のバス会社やタクシー会社は反発するだろうと思った。だったら、既存の公共交通も傷まず、ちゃんともうかるような仕組みを作った上で走らせていくべきじゃないかなあと、だんだん考えがシフトしていきました。

 と言うのも、豊明市は名鉄前後駅が玄関口なんですが、そこへ昼間いくと、タクシーがずっと客待ちで並んでるんです。お客さんがいないんだったら、その時間帯に、チョイソコの運転業務をして稼いでもらえばいいんじゃないか、という流れになった。地元のタクシー会社ももうかって、アイシンももうかって、高齢者にとっても、より安価で気楽にお出掛けできる乗合の仕組みを作っていこうじゃないかと、チョイソコのスキームを構築していきました。

(※2)株式会社ナカシロ(名古屋市)が運営。

 チョイソコの大きな特徴は、地域の商業施設やクリニックなどにスポンサーになってもらう仕組みですが、これは豊明市からアイデアを出されたそうですね。

川島氏 はい、健康福祉部のアイデアで、地域の事業所などから協賛金をもらう仕組みにしました。健康福祉部の発想としては、先ほど述べた「楽の湯」さんの送迎バスの利用状況をモニタリングしていたところ、楽の湯まで乗って行ったお客さんが、帰りにスーパーやドラッグストアで降りていたので、だったらそういうところからも協賛金をもらって共同でバスを走らせたら良いんじゃないか、単独でバスを借り上げられない事業所も、それならお客さんの送迎をできるんじゃないか、と考えました。このように、公共交通担当と高齢者福祉担当、両者の発想をうまく組み合わせたスキームになりました。

 今、川島さんがおっしゃった「既存の公共交通ももうかるような仕組みにする」というのは、理屈としては素晴らしいと思いますが、実際には、既存の公共交通事業者を説得しないといけないし、具体的なサービスの調整もしないといけない。アイシンがそれをやるとややこしくなるから、行政の役割になるかと思いますが、川島さんは、その説得と調整で、大変ご苦労されたと思います。チョイソコが世に出たのは、川島さんの並々ならぬご尽力があったからだと思いますが、逆に、自治体が新しい移動サービスを始めるためには、職員さんが個人的に、そこまで苦労しないとできないものか、という気持ちもあります。

私は、地域の移動手段に困っている高齢者の方から「役場に相談してもなかなか動いてくれない」という話を耳にすることもあるのですが、役場の方も恐らく、どうしたら良いのか分からないのだろうと思います。新しいサービスを導入するのに、そこまで既存の交通事業者と喧嘩(けんか)したり、骨を折って調整したりしないといけないなら、敬遠するでしょう。まして、全国の市町村で、公共交通の専任職員がいるところは3割ぐらいです。しかし、地域には実際に移動に困っている住民がいる訳で、市町村の担当者の意欲の違いで、新しい移動サービスができたりできなかったりする、という状況ではいけない。川島さんのご経験から、例えば国や県からどういうサポートがあれば、もうちょっと市町村の職員さんが取り組みやすいとお考えでしょうか。

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